ミュージカル刀剣乱舞~つはものどもがゆめのあと~ 無事に初日の幕があきました。
運よく初日のチケットに当選できて観劇してきたのですが、感想として心に抱いている感情はたくさんあるんだけど、何からどう言語化したらいいのかわからずにいます。
いろんな衝撃に満ちている、新作でした。。
何を書くか決めてないけど、とりあえず書き始めてみる…。
当然のことながらガンガンネタバレいたしますので、未見の方は以下ご注意くださいね!
また1回みたきりの記憶に基づいて書いていますので、間違いだらけかつセリフなどはニュアンスで受け取っていただければと思います!
さらに行きがかり上、刀ミュ過去作の内容にもいくつか触れることになるので、未見の作品がある方もご注意いただければ!
暗がりの中に朗々とひびく、艶やかな歌声。
徐々に明るくなる舞台上に現れたその声の持ち主は、小狐丸。
彼は主に請われ、勇ましく、しかし優雅に足をふみならし、ひとり舞を演じて見せていた。
ひととおり舞を終え、お辞儀をした小狐丸は「ぬし様は、何か心にかかることがあるのですか?」と尋ねる。
「…ぬし様が私の舞を所望されるのは、何か気がかりなことがあるときのように思えるものですから。思い違いでしたら、申し訳ありません」と。
しかし、小狐丸の予想はあたっていた。主の今の気がかりは、今剣なのだという。
つい最近本丸にあたらしく顕現した二振りの刀、髭切と膝丸。彼らは、源氏にゆかりのある刀だった。
彼らに触れることで、今剣がまた心を乱すようなことになるのではないか-。
そう心配した主は、小狐丸に今剣を気にかけてやってほしいと頼むのだった。
一方、当の今剣は、岩融と二人で、「牛若丸」の稽古に励んでいた。
源義経にゆかりのある演目を稽古して、いつか本丸のみなに披露しようと考えているのである。
そんな彼らのもとに、髭切と膝丸がとおりかかる。
源氏の兄弟は、さっそく自己紹介をするのだったが、岩融はひととおりの挨拶だけすませて、雑談をせずにその場を立ち去ってしまう。今剣はその様子を不思議に思いながらも、あわててそのあとを追う。
彼らを見送ったあとも引き続き本丸をぶらついていた髭切と膝丸は、今度は三日月宗近に出会う。
言葉を交わしてみたところ、なにやらお互いのテンポが似通っているらしいと気づいた髭切と三日月は、「気が合いそうだ」とそろって茶菓子をほおばりながら笑うのだった。
そんな中、平安末期を行先とした新たな出陣の命が、主より下される。
編成されたのは、今剣、岩融、小狐丸、三日月宗近、そして髭切と膝丸。
鎌倉幕府の成立を阻止せんとたくらむ時間遡行軍を食い止めるという出陣の目的を聞いて、今剣は自ら隊長に志願する。今の自分はかつてとは違う、義経公の歴史を守る役目は、自分こそがふさわしいと思う、と。
主は「はじめからそのつもりでしたよ」と柔らかい声で答え、改めて今剣を隊長に任命し、6人は平安の終わりへと向かって出陣するのだった。
しかし実は、髭切と膝丸は、それとは別な密命を、主より拝命していた。
その密命はふたつあり、ひとつはなんと「三日月宗近を見張ること」だった…。
今回編成された部隊のなかには、どこか不穏な空気が漂っていた。
冒頭のあらすじを書き出してみました!そしてもっとちゃんとしたやつがパンフの頭にあると思います。じゃあなんでわざわざ書くのか。笑
…なんかね!ほんとに!今回とにかく「不穏」な感じがするのです…!
みんな心の中に何かしらのひっかかりや本音を抱えているのだけど、それを隠して、表面上は穏やかに集っている、というムードに満ち満ちているんです。
これまでの刀ミュの本丸は、どちらかというと正面からのぶつかり合いが多くて、それぞれの男士について、口下手でうまく思いが伝えられない、とか、みんなを思いやるあまり一人で問題を抱え込む…といったような表現はあるにせよ、ここまで「隠し事だらけ」というような印象はなかったように思うんです。だってなにより「密命」だよ!?どういうことだよ!
え、みんなどうしたの?何を考えているの?主もふくめ、みんなの本心はどこにあるの?って不安になりすぎて、見てる間、中盤あたりでまじでお腹が痛くなりました。笑
今回の物語のキーは、源氏兄弟が拝命した密命のとおり、大きくふたつありました。
一つ目は、ずばり「三日月宗近」なんです。
源氏兄弟によって見張られることになるほど、彼の様子には、主からしても何か様子がおかしいところがある、という、不穏の極みの語りだし。
三日月というキャラクターに関しては、いつも泰然として、自分をじじいだというけれど戦闘になれば強く、常に穏やかに微笑むばかりでまったくもって底が割れない、というのがパブリックイメージではあると思うのですが、なんだかそれ以上に「皆に知られないように、その笑顔の裏で何かをひっそり遂行している」という様子が、ビシバシと舞台上から伝わってくるんですよ。。
まだ出会っていない義経と頼朝、ふたりを同時に守るために、二手に分かれましょう!となったときの編成について、自ら勝手にチームの組み合わせを決めてしまったり、
そうして自分で決めた部隊からも勝手に抜け出してしまい、あろうことか源頼朝や藤原泰衡に会いにでかけていたり…!
これまでの作品を見てきた中で、私の中では刀ミュ本丸について、「まっすぐ」「素直」「明るい」「前向き」といった確固たるイメージがありまして、さっきも書いたことだけど、彼らの間に何かあったら、ちゃんと正面からぶつかりあって解決していくイメージがありました。
なので、そんなふうにともすると何を考えているのかわからない“悪者”っぽく描かれていく三日月に、まじで動揺がとまりませんでした。正直、見ていてものすごくつらかった…!
そして話が進めば進むほど、その動揺は強まっていくことになります。。
頼朝に会いにいった時、三日月はなぜだか彼に対して「友よ」と呼びかけます。
もちろん頼朝は「そなたのような友などおらん」と一蹴するのですが、そのあとに三日月はこう続けるんです。
すこし話を聞いてくれんか。弟の才能に嫉妬した、兄の話を…と。
「…は!!!???」ですよね…?
ちょっとまって?え、三日月?あんたなんしよん?なに考えとるん?どうしたん!?って、この辺りで腹痛がピークに達していた気がします。。見ていて、気が気ではなかった…
そして別な場面では、藤原泰衡について、膝丸が疑問を呈します。
「これは我々が知っている歴史ではないのではないか?泰衡は、頼朝を恐れて義経を裏切り、義経の首を頼朝のもとに送った臆病者だったはず。それが今回は、義経のために勇敢に戦ってみせようという様子に見える。これはいったいどういうことなのだ?」と…。
いやほんとどういうことだよってさっきからわたしも思ってるよ…ねえ、いったい何が起こってるの。。
もう、何を信じてみたらいいのか、わたしわからないよ…たすけて…こわい…!
って客席でなりながら観ていた。。
今話を振り返ってて思うけど、そりゃお腹も痛くなるよね…。
そんな三日月の様子をあやしむ小狐丸との対立が、またしんどくって…。
小狐丸は、偶然聞いてしまった髭切と膝丸の会話から、主の命で三日月が彼らから見張られているという事実を知ってしまいます。
当然のことながら不安を掻きたてられた小狐丸は、それまで以上に注意して三日月の様子を見るようになるのですが、実際のところ彼の単独行動には不審な点が多すぎ、ついには三日月が頼朝その人に会った事実を知ってしまうことになります。
平家を倒し、鎌倉に凱旋してくるはずだった義経に対し、「鎌倉に入ることはまかりならん」と急に態度を翻した頼朝。
今回の頼朝の急な心変わりには、先述のとおり、なんと三日月の存在があったのです…。
小狐丸は、我を失った様子の頼朝が「勘弁してくだされ、三日月殿、わしは、義経を殺しとうない…!」と苦しそうに叫ぶのを見てしまいます。
勿論「三日月殿、貴方は一体何を…!」となる小狐丸。そりゃそうだ。。
客席ももうほんと、このあたり生きた心地がしなかった。
そしてある夜、屋外に一人でいる三日月本人に、その疑惑をぶつける小狐丸。
なんと「抜きなさい」と抜刀を要求し、抜き身の刀を手に、三日月に対面します。
「積極的な歴史への介入など、許されるものではない。貴方がやっていることは、時間遡行軍と何ら変わらないのではないか」と。
「我々の使命は、歴史を守ることではないのですか?」と詰問する小狐丸に、三日月は「奇遇だな。全く同じ思いだ」と飄々と告げるのです…。
そして「そなたを見ているとうらやましくなる。そなたの眼にはまったく曇りがない」と揶揄するような言葉まで…。
もーーヤメテーーー!!!!何か事情があるんだろけど、きみたち三条の柱ふたりのそんないさかいは、見ていて本当につらい!!!ていうか!三日月!!何かあるなら、ちゃんと話して!!となりました…。
そんな一触即発の事態は、最終的には髭切によって解決をみることになります。
義経周辺で時間遡行軍を警戒していた髭切は、小狐丸と同様に、藤原泰衡の元を訪れる三日月の姿を目撃していました。
主の密命のこともあり、三日月の行動を注意深く観察していた彼は、三日月の思いや行動の背景について、自分なりの解釈を進めていたのでした。
髭切は、三日月と小狐丸の対立に「はい!そこまで!」と割って入ります。
「彼が何を考えているのか、僕なりに考えてみたんだ。そしたらちゃんとわかったよ。」と言うのです。
小狐丸に対して「僕が三日月宗近を演じてみせるよ!だから僕に、君が知りたいことを聞いて」と。
最初は渋っていた小狐丸も、押しにまけて、三日月を演じるという髭切に、しぶしぶと自らの疑問をぶつけます。
そうして観客たちの前にも、真実が明らかにされることになります。
三日月は、頼朝と泰衡の元を訪れ、なんと彼ら二人にこの先に待ち受けている歴史の流れ、つまりは義経の死を、すべて語ってみせていたのです。
いま三日月たちが滞在している歴史では、義経はまったく頼朝に疎んじられておらず、泰衡も義経を裏切るつもりなどない、という前提で進んでいこうとしていました。
しかしそれは、正史ではない。
三日月は歴史をあるべき流れに戻すべく、ひとりで頼朝たちのもとを訪れ、正しい歴史を守るために義経を死なせるよう、彼らを説得していたのでした…。
「なぜ一人でそんなことをするのですか。主はこのことを知っているのですか!?」という動揺した小狐丸の問いに、三日月の代わりに髭切がこう答えます。
「主の心にかかるようなことを、わざわざ知らせたくはない。汚れ仕事は一人で良い」と。
…ハァーーーー!!!????涙
しかもね、三日月が頼朝や泰衡に接触するのは、一度や二度じゃないみたいなんですね…?
泰衡に対しては「そなたとこうして蓮の花を眺めるのは何度目かな」って言うし、
三日月の行動を解説している髭切に対して、そなた(髭切)が頼朝のもとにいなかった歴史もあったのでな、とか、言う…。
これには本当に、ぎょっとさせられた。ちょっとこのあたり、まだ消化しきれていないんですよ!!!
待って。まじで待って。三日月。あんた一人で何回時間遡行してるの???
いや設定上、何回も同じ時代に行くのは当たり前にあること、だけど。
でもその先で、毎回、そんな悲しい思いをひとりで抱えて?きたの!!??
ねえ、なにかんがえてんの!!!?
遡行先の歴史が、正史とは違う方向に行こうとしていると知った時。
たとえば、源義経が、このままいけば死なずにすむ、という歴史の流れになっていると知った時。
その通りになれば、きっと今剣は喜ぶかもしれない。でも歴史を守るという自らの使命を考えたら、今剣は再び身を切られるような思いで義経の死を受け入れるのだろう。
そうなる前に、歴史をあるべき姿にもどすために。人の悲しみに触れる役目は、自分だけでいい、と。
そういうことでいいですか…?
…ねぇーー!?なんでひとりでそんなことするかーーーー!!!!!涙
さらに、小狐丸は、もっと他にもやり方があったのではないかというような質問をします。なぜわざわざ、頼朝たちに、歴史をすべて教えるようなやり方をしたのかと。
三日月は答えないけど、代わりに髭切がこう言います。
「それは、彼らが残った者だから。」と。
「彼らはその後の歴史に残った存在。そして三日月もまた、歴史に残った存在。…そんな彼らに、三日月は感情移入してしまうんじゃないのかい?」
…つらい!つらすぎる!!!もうやめて!!!
なんだか、押し隠してきた三日月の孤独が、白日のもとに晒されたように感じました。その場面は夜だけど(というどうでもいい補足)
千年の時を越えて在り続けるっていうその事実そのものが、もしかしたらものすごい孤独をうむんじゃないかなって…。
そんな彼が、もしも髭切の言うように、歴史に確かに残った人物たちに心を寄せて、語りかけていたのだとしたら…
ひとりで歴史を元に戻そうとするという行為そのものも孤独だけれど、その背景にある心情までもが、たったひとりきり、という感じがして、ものすごく悲しくなりました…。
だから三日月が歌うソロがあんなに哀切に満ちていたのかよ…!ってなった。。
まりおくんの声、本当につややかで綺麗でね…ひとりで歌い上げるソロ、美しいけど本当に悲しいの。。
この展開はちょっとほんとうにつらすぎて、三日月にいますぐ癒しを!ってなりました。
豪華温泉旅行の宿泊ツアーとか組んであげたい。そこを若い幕末面子でかこんで、宴開いておいしいお酒のんで一緒にかっぽれ踊って、ひと時の安らぎを与えてあげたい…ってなりました…。総隊長!!!助けてあげて!!!???
しかもね、最後にね、義経が死ぬべき場面でね、三日月はなんと「逃げろ」って言うんですよ。
義経と弁慶に対して。
「今、歴史上でそなたは死んだ。なにも命までくれてやることはない。
逃げろ。…安心しろ、なぁに、これも歴史だ。」
ちょっと、待って!!!!???涙
このあたりにね、刀ミュにおける歴史観がみえるなって思いました。
幕末天狼傳では、安定が新選組に潜入する!と言い張り、それを隊長であるはっちが認めるところで、
「歴史とは大きな川の流れのようなもの。小さな変化は、その流れに吸収されて大きな変化は残しはしない」みたなセリフがあるんですよ。円盤全然再生できてないので(ロスで)1年前の記憶で書いてるから正確なセリフ思い出せないけど。。ニュアンスはこんなかんじです。
いやもちろんね、義経が生きてるのは当然めちゃくちゃ大きな変化には違いないんだけど笑、なんというか「今正史とされているものが、真実だったとは限らない」っていう姿勢を貫いているなと思えて。
「歴史というものは、事実とそれに伴う人々の感情の集合体だ」というような回答を出しているように思えるのです。
今知られている歴史の中では、義経は武勲をあげたことが原因で兄にうとまれ、若くして死んだとされる。
そうして表に出ている「義経が死んだ」という結果の体裁が保たれていれば、実際のところ義経が命を長らえていたとしても、歴史は守られたことになるのではないか、という…。
みほとせの、ともすればとんでも設定(=死んでしまった徳川の家臣に男士たちが成り代わり、家康のそばで徳川幕府成立までの数十年をサポートし実現させるというアレ)も、この精神にのっとって描かれてきたんだなぁと思いました。
さらに、そうして生き延びることになった義経は「北へ、もっと北へ、大地の果て、海の果てへ。新しい土地まで進んでやろう!」みたいなことを言うから、あーー!これはチンギスハンになってしまう!!!ってなりました。笑
そういう歴史のもしかしたら説みたいなところまで取り込んできてる、遊び心も憎い!
そして何より、過去のくるしい思いを乗り越えて、再び敬愛する元の主の死に立ち向かおうと決意してきた今剣に対して、なんという救済を与えたのだろう…と思いました。。
目の前で、主が生き延びて、くれるんだよ。。。
その時遡行した歴史の流れがたまたま引き寄せた結果であって、次にまた同じことが起こるとは、限らないけど…。
たとえば長曽祢さんは、また主の斬首に立ち会うことになってしまったり、するのかもしれないけど。。
これは一度きりの奇跡なのかもしれないけど、果てしない優しさを凝縮して見せられたように感じられて、涙が止まりませんでした。
「逃げろ」って言う三日月の声が、まじで、泣かせるんです!!!ウワーーーン!!!!(思い出し泣き)あんな演技ができるなんて。。。くろばまりおさんあなたという人は…!!!!涙
物語の最後になって、小狐丸は「貴方のやり方が正しいとは思わない。…でも間違っているとも思いません。」と告げます。
こうして三日月の孤独すぎる戦いは、おそらくひとつのターニングポイントを迎えたのだろうな…と思いました。主には隠し通してるみたいだし、そのまますんなり解決するような問題ではないのでしょうが…。
出陣を終えて主に呼ばれた髭切と膝丸のふたりも、三日月は大丈夫だったよ、というような返しをしているだけで、真実を伝えるつもりはもちろんなさそうでしたし。
いやでも、主も全部わかってるのかもしれないな…?どちらかというと、わかったうえで、自分が表だって解決に乗り出すことなく、周りの男士たちが自然に三日月を助けてあげられるように持っていこうとしてたんじゃ…!?相変わらずやり手だな!??
ここまで書いていて思ったけれど、私は特に三日月に感情移入して見ていたみたいで、やっぱりすごく、つらい物語ではありました!さっきも言ったけどどうにかして癒す方策をかんがえようと思う(かんがえてどうする)。
続いて二つ目のキーですが、それは「刀剣男士は、かつて本当に実在する刀だったかどうか」という問題です。
ちょ、ま、これ、重すぎる…。
ざっくりと言ってしまうと、刀ミュの世界でも、原作ゲームと同じように、今剣は伝承上の存在であり、実在しなかった刀ということが確定されます。。そして、どうやら岩融も同じく…。
岩融は、源氏兄弟のふたりに出会ったことで、同じ時代、近くにいたはずの彼らの記憶を全くもたない自分に疑問を抱き、自らと今剣は実在しなかった刀なのではないかという結論を導き出します。
そしてそれを、まっすぐと源氏兄弟にぶつける…。
その事実を知ったら、今剣がどう傷つくかが怖いと語る岩融は、髭切と膝丸の二人がそのことを今剣本人に告げてしまうのではないかと不安に思っていたのでした。
しかし、源氏兄弟に与えられていた密命は、単に「今剣を見守っていてほしい」というものでした。
自己の存在への揺らぎを感じ取っていた今剣を、そばで見て支えてあげてほしい、という、主の心配りだったのです。
この「実在」問題は、刀剣乱舞を語る以上避けて通れない問題で、刀ミュでも正直どうするのかなぁと思ってはいました。
今剣の極が実装されて、修行の手紙で大いに審神者がざわつき…というその時期に、阿津賀志山異聞が公演されていたんですよね。
実在・非実在だなんて、キャラクターのアイデンティティ根幹にかかわるあまりに重いテーマだから、そうそう扱えないのかなぁと思っていました。
でもそしたら、なんと臆することなく、刀ミュでも真正面から取り扱ってきた。。
ある意味ではタブーに近いようなところにも、そうか、踏み込むのか…!ってかなり驚きました。
今博物館に展示されていて、実際に見ることができる刀と、そうでない刀。
現存しない刀は、逸話が多数語られていたとしても、本当に存在したものなのか、それとも伝承上の存在なのか…確たる判断を行うことはおそらくとても難しいし、時代が下れば下るほどそれは困難になるのだと思います。
そんな中で「実在しない」とされた今剣。
髭切・膝丸と岩融の会話を漏れ聞いてしまい、「ぼくが、そんざいしない?」と疑問を抱き始めていた今剣は、義経の最期に再び彼に出会い、自らの名を名乗ります。
「今剣と、もうします!」「この名に、ききおぼえはありませんか…?」と。
でも義経は「いや、知らんな、初めて聞く名だ。しかし、良い名であるな。」って答えるんです。
ここで今剣の中の疑問には、はっきりとした回答が出てしまいます。
これだけだったら、どう捉えたらいいかわからない、苦しい場面になってしまうと思うんですが、だけどそのあとに続く義経公の言葉が、私はとてつもない救済だったと思っていて…
「初めて聞く名だ。しかし、良い名であるな。あの世にいっても、覚えておこう。」
自分は、実際には存在したことのない刀だったのかもしれない。かつて、自分が主とともにあった記憶は、真実ではなかった。
でもこうして、実際にあいまみえることのできた、敬愛してやまない元の主に、死してなお、その名を覚えておこう、と言ってもらえた。
自分の存在が、たしかにかつての主に認められたという、今剣から義経へのひたむきな思いがつながった瞬間だと感じられて、ここで泣けて仕方なかったです…。
先に述べたように、歴史というものは、事実とそれに伴う人々の感情の集合体だという前提に立つならば、今剣という存在は、歴史上に輝くまでの功績を残し、また人々に慕われた源義経という人物の在り方を通して、この世に存在することになったのかもしれないな、と思いました。
今剣が歌う「名残月」に憧憬の情が表れているのは、彼本人の心だけでなく、彼が顕現したその理由にも、あるのかもしれない、と感じました。
そして最後には、修行に旅立っていく今剣。
これまでの刀ミュのラストシーンは、全員そろっての歌唱が習いになっていたところ、旅装束を身に着けてひとり旅立っていく今剣の後ろ姿で終わるんです…!
もう何と言ったらいいのか…言葉が出ない。
実在問題を超えてさらに、ここまでまっすぐに成長の姿を描き切ってくれるなんて…となりました。
さんざん書いたわりにまとまっているようでまとまってないんですけど、その他の感想についても少し足しておきます!
今回の作品、歴史を描いた文学作品をかなりな部分で下敷きにしているのだなぁと感じました。
冒頭の小狐丸のソロは、小狐丸といえば!な「小鍛冶」をモチーフにしているのですよね?
あの歌ほんっとかっこよかった!すごく雄々しくて、堂々としていて…!
っていうか、北園くん!?同一人物と思えないほど歌が上達なさっていた!!!感動して涙でた!まじで最高だったよ~素晴らしかったよ~~!!!!
他にも、平家物語がふんだんに登場したりしていました。あとはそれこそ勧進帳も。
中二のときだったかな、国語の授業で暗唱させられた「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」の慣れ親しんだ平家物語の冒頭部分が男士たちによって詠唱されるのには、迫力があって鳥肌立ちました!
屋島の戦いでの那須与一の扇のくだりも描かれていたのですが、海を表している、舞台上から客席にながれおちる真っ白なスモークと、その上に浮かぶ船という情景が幻想的で、なんだかぼうっとなってしまいました。
そしてそこから平家滅亡のクライマックス、壇ノ浦の戦いへ…。
まさに諸行無常、といった感じでした。なんだか壮大な絵巻物をみているようだった。
三条+源氏兄弟という6人の組み合わせにふさわしい、積み重ねられてきた時間の長さを感じさせるような、重厚感のある演出が印象的でした!
2バルから見ていたんですけど、照明も映像も本当に綺麗で!
特にアリーナからだとあの照明の美しさはなかなかわからないと思うので、2バル以上の席もかなり個人的にはオススメでした!
今回は今まで恒例だった、横に長い階段状の可動式セットがなくなっていて、階段は階段なのですが、シルエットが曲線になっており、うーんうまいたとえではないけど、段々畑のような形になっていました。そして階段は可動せず、その上にレース状に穴あきになった視界が透けるパネルが降りてくる仕組みになっていました。…説明下手か!
幽玄っていったらいいのかなぁ、全体的に漂っている雰囲気がちょっとだけおどろおどろしさもあるっていうか…つまりはまとめると「不穏」でした。笑
あと、私個人は知らなかったことなんだけど、休憩時間の隣の席の方たちの会話を聞いてて「まじか」となったことがあって…
泰衡が、三日月と語らっている場面で、彼らはたびたび「蓮の花がうつくしい」と言います。
舞台奥の背景にも、満開になっている蓮の花が映し出されていて。
そして最後に泰衡は三日月に「ひとつ、頼みがある。わしが死んだら、蓮の花を供えてほしい」と伝え、三日月は泰衡に「約束しよう」と返します。
「では、今生の別れ。失礼する」と深く礼をして去っていった泰衡の背中に、三日月は「叶えよう」といったような言葉をつぶやくのですが(言葉がはっきりと思い出せなくてすみません)、
実際のところ、泰衡の首桶には、たくさんの蓮の種が入っていたんだそうで…。
それが数百年の時を経て、開花が実現するに至り、中尊寺の池に今も栽培されているんだ、そうです。。
だから、蓮の花、なのね…?
隣の方はそれでめっちゃ泣けたそうで、いや~~そりゃそうやわ…。
はぁ~~知らないことがたくさんあるな~って毎回刀ミュで痛感させられています。。
いやわたし、世界史選択だったから!ローマ帝国の五賢帝とか覚えてたから…っていう言い訳を毎度しておりますが、本当に日本史に疎すぎて恥ずかしくなります。笑
ネットでちょちょっと調べるんじゃなくて、ちゃんと文献で、知識を補強していきたいなぁ…。
付け焼刃で勉強するよりはと思って、いつもさしたる予備知識なしで見にいってますが、歴史を知ってる人はより楽しめるポイントが多いんだろうなと、身近な歴史好きの刀ミュファンを見ていて思います。そ、損をしているのかもしれない…!涙
この蓮の話であったり、刀ミュは現実と虚構の混在させ方が、いつもとってもうまいなと感じます。
フィクションなんだもの、想像力かきたてられてなんぼだと思うんですよ。
せっかく歴史をモチーフにしているのだから、もしかしたらこんな事実もあったのかもしれない、って思わせてくれるようなアプローチはさすがだなって思います。
今回もこうして一度見ただけでも、いろんな方向に考えを巡らせたくなり、キャラクターの心情を想像して涙が出てきたりする、そんな豊かさを与えてくれる作品だから…刀ミュのことは本気で信頼できる!という思いを新たにしました。
毎回だけど、二部について書き始められないままボリュームが大変なことになってしまった!
男士それぞれについて言いたいことも全く書けなかった…笑
源氏兄弟がどうしようもなくかわいい話とか…いうべきことしぬほどたくさんあるのに!
そして読み返して思うけど言いたいことの大半がとりあえず三日月についてだったんだね…となりました笑
来週末に2回目を見るのでそのあとにまた何か書きたくなったら書くかもです!
結論としては「刀ミュ最高!」でした!やっぱり刀ミュは裏切らない。
つはもの組のみなさんが、無事にかけることなく千秋楽を迎えられるよう、心より応援もうしあげます。
毎度のごとくの長文を読んでくださった方、ありがとうございました!