こたえなんていらないさ

主に刀ミュ(ミュージカル『刀剣乱舞』)を愛しながら、舞台まわりをぐるぐるしている人

刀ミュ 葵咲本紀 全体を通しての感想その3(まとめられない断片的な思い出たち)

「エッ、さっき葵咲本紀の話はもうおしまいって言ってたじゃん!?」なんですが、なんていうかこう…まとまった文章にはしきれないけど、言いたいことってほんとうにまだまだたくさんあって。。
記事にする中でこぼれ落ちた内容を別メモに移したりしてたんですが、そのまま書かないでいるのももったいないなぁと思えてきて、書けるだけ書いておこうかなと。歌合の前に…笑
以降、すべて箇条書きに近いスタイルで、前後の項目には全然つながり無いです!




◆一夜を駆け抜ける物語

ヤンジャンの対談で茅野さんが脚本に対して言っていた内容、見てみてなるほどなぁと思った。
たしかに、疾走感というか、ごく短い時間軸の中におきた出来事をたどっていくタイプの物語、実は刀ミュでははじめて。
今まではもっと長い時間のお話ばかりだった。みほとせは言わずもがなだけど、それ以外の作品も、数ヶ月~数年の開きのある歴史上の出来事の現場に立ち会っている場面が多い。
鶴丸たちが村正と蜻蛉切に合流して、そこから検非違使からいったん逃げるために二手に分かれる。わかれた先でそれぞれの集団の中でちょっとした衝突や相互理解を繰り返しながら再び合流。そこへ現れた検非違使鶴丸がひとりで引き受けて、その間に5振りは秀康を正気に戻すことに成功。最後に重傷を負いながらも検非違使を追い詰めた鶴丸が戻ってきて、全員で検非違使にとどめを刺す。…なんと、ここまでが一晩の出来事!
途中で回想シーンが複数はさまれはするけれど、時間軸としては本当にたった一夜のお話なんだな、と思うとびっくり…。そう考えると冒険活劇っていう色も強いよね。
徳川家っていう歴史の大本流を描くからこその、オープニングの大河ドラマ然とした演出も最高にハマってた。「葵咲本紀」っていうタイトルがババーン!映し出された時、かっこよさというか、重厚感あふれる演出から滲む作品への自信に、ひっくり返るかと思った。
やっぱり描き方というか、作品の組み立てに、新しい部分が多々見受けられる新作だったなぁと改めて。

◆舞台セットの文様について

あれ、モチーフは青海波じゃないのかなぁって思ってたんだけど、どうかな、違うかな…。
なにか青海波に特別な意味があるのかなって思って調べてみたところ、「どこまでも続く波のように、平穏な生活がずっと続きますように、という意味が込められている」といった感じの説明のサイトをたくさん見つけた(けど、原典というか根拠資料にまではどこでも当たれず!)。
広辞苑にも純粋に波をモチーフとした文様、っていうシンプルな説明しかのってなくてううむ。
でも日本大百科全書によると

日本では奈良時代以降今日に至るまで吉祥(きっしょう)模様の一つとして愛用されている。

とのことなので、おめでたい文様であることは間違いがないようだ、なるほど。

平穏な生活が未来永劫ずっと続きますように、っていう願いが本当に青海波に込めてあるのだとしたら…それはまさしく、泰平の世を望み続けた家康の姿に重なるし、百姓という立場からその同じ夢を描くと決めた信康の思いでもあるよな…って思った。
それを背景に描かれる物語だとしたら、なんというかすごくグッと来るものがある。

◆秀忠と信康

秀忠と信康のシーンを見ていて思ったこと。
秀忠は、いきなり見ず知らずの男に「秀忠殿。…少し、儂と夢を語ってくださらんか」って声をかけられるわけだけど、それにしては随分とすっと返事を返している。
怪訝そうな表情ではあるんだけど、そこには警戒心があまり見られない。
ここ、原嶋くんの演技が後半とくに変わったところだなぁと思ってみていた。
なんというか、秀忠から信康に対しては「この人、どこかで…?」っていうような、なにか自分に縁のある人物なんじゃないか、って思っているような印象を受ける。
只者ではないって思っているというか。
あのシーン、信康が生きているのはいわゆる「本当の歴史」では無いわけで、刀剣男士たちが(というか、この点に関してはもはや三日月が…)作り出した継ぎ接ぎの歴史なんだけれど、
その中で兄と弟が邂逅して、弟の迷いを兄が振り払ってやる、っていう優しさに満ちたシーンであることに、ぼろぼろ泣けて仕方なかった。
「ごへいちゃん殿!」って嬉しそうに顔中に笑顔を広げた秀忠が、信康にお辞儀をした時、信康はさっと表情を引き締めて、深々とした礼を返す。
あの瞬間、信康は自分の”弟”に対してではなくて、”未来の天下人”に対しての礼を返していたな…って思ってみていた…そしたらまた涙が止まらなくなった。

◆「本当にそうか?」っていう御手杵の問いかけについて

「なぁ…歴史から消されるって、どんな気分なんだ?」「別にどうってこたぁねえよ」
このやりとりの後に、御手杵が貞愛にかける言葉。
あのセリフの意味をずっと考えながら見ていて、凱旋の何度目かで自分の中で答えが出たかな?って感じたことがあった。

「だったらお前が覚えてろ。…俺もお前のこと、覚えててやっから」

何度目かの観劇でこの貞愛の言葉に触れたとき、あぁ、後世に出来事を繋ぐのは人の”思い”なんだ、ってことを痛いほどに感じた。
その思いを受け取った刀剣男士だから、歴史を守ることができるんだな…。

御手杵は元の主である秀康が、天下人になることの叶わない悲しみや苦しみを抱いていることをわかっている。元の主である彼に、本当は華々しい姿を叶えてほしかった、っていう思いもきっと持っていたんだと思う。
でもその秀康の悲しみすらも、そもそも決して表舞台に出てこない貞愛の存在の上に成り立っていることを、御手杵は今回はじめて知ることになる。
表舞台に出ている中で、役割を担えないことに苦しんでいる人もいる。じゃあだったら、そのさらに「陰」にいる人の気持ちはいったいどうなってしまうんだろう、という思いが、御手杵の中に募って、それが「本当にそうか?」っていう問いかけに繋がったのかなって。

そして当然、御手杵の中には、三名槍として世に名を知られながらも、焼けて失われてしまったという自身の過去へ対する、言葉に尽くしがたい思いもある。
「歴史から消される」っていう言葉を聞いたとき、御手杵の心には、焼けてこの世から無くなってしまった自分のことが、どうしたって想起されたのだと思う。

あの時御手杵は、貞愛から返ってきた「だったらお前が覚えてろ」って言葉を聞いて、本当の意味での覚悟というか、自分の役割をつかむことができたんじゃないかな、って思った。
貞愛は表舞台には出ない、出ないけど、確かに生きた証がある。
胸を張って「ここに存在したことに変わりはねぇ」って言い切る貞愛の姿に、自分が刀剣男士として果たすべきことがなんなのか、御手杵にははっきりと見えたんじゃないだろうか。
その覚悟が「三名槍がひとつ。御手杵!…行くぞォーッ」のセリフに、熱く込められているなって思った。
あそこの表情、本当にかっこよかった…。

◆秀康と貞愛

東京公演はわたしの理解がまだまだふかまる前だったので、要くんの演技の細部が追いきれていないのが本当に悔しい。。
なのでどうしても代役で演じられたりおんさんの記憶になってしまうんだけど、秀康と貞愛、しっかりと「きょうだい」だったなぁって思った。
鬼哭啾啾のラストで、貞愛が秀康の肩を受け止めたとき、秀康はもうその腕から逃れようとするのではなくて、貞愛の腕に自分の手を伸ばし返している。
家康が鳥居元忠の討ち死にの知らせを聞いた時、秀康はすとんと膝を落として静かに座り込む。それを横からそっと支えるように肩を抱く貞愛に対して、やっぱり秀康は自分の手を伸ばして、そっと貞愛の腕に触れる。
引き離されて育てられ、全く異なる立場の人生を歩むことになったふたりだけど、その様子を見ていると、ふたりは変わらずにずっと「きょうだい」だったのだなぁ、と思えて…
血の繋がりだけが家族じゃねえ、なんだけど、同じ時に、同じ血を引いて、この世に生を受けたふたりには、どうしたって他には変えられない、分かち難い絆がある。
道も立場もわかれてしまっても、断絶してしまうのではなくて、ちゃんと通い合うものを持ち続けていることが伝わってきて。
「ただいいか 忘れるな 歩むべき道違えど」っていう、二部の徳川兄弟の曲の歌詞が本当に刺さった。

◆「人間じゃないんだから」

明石国行に関してはー!!!
わたしはちょっとどう理解をしたらいいのかがわからなくて、保留にしているところがある…。なんか無理してわかりたくねぇ!みたいな気持ち。
このラストの「人間じゃないんだから」の表情、何だったんだろうなぁ…ってずっと考えている。
あの瞬間の明石は、刀剣男士とはどういう存在なのか、というところに改めて思い至ったのかな…だって、明石はまだ顕現してから日が浅いんだ。
自分たちはモノでありヒトである。人間のようではあるけれど、あくまでも人間とは異なる存在。
そして、そんな独自の存在である自分たちを<刀剣男士>たらしめているのは、過去の人々の「思い」なんだってこと。そんなことを明石は今回の出陣で身を持って体験したんじゃないだろうか。

「すべてを救えないなら、何も救えていないのと同じだ」って言う時だけ標準語になる彼は、犬・猫・蝸牛の存在を通じて時間遡行軍の在り方に理解を深めていく巴ともまた違って、どうやら最初から、時間遡行軍たちが名もなき刀たちの成れの果てであるってことを、予め知っているようにも見える。
顕現してから日が浅い、にも関わらず、いろいろを察している風であるその背景はいったい何なのだろう?って一応考えるんだけど、今は無理にこじつけた答えを出したくはないので、この先の作品で刀ミュがきっと描いてくれるであろう内容を楽しみに待とうかな、と思っている。

◆出陣前に各男士が主と交わした会話は?

鶴丸はね、ともかくとして、ここでは他の男士について。
こてぎりくんは多分だけど、「自分に縁のある刀が結城秀康の側にいる、どうやら時間遡行軍の今の狙いは結城秀康のようだから、その刀も何らかの形で時間遡行軍の企みに巻き込まれないとも限らない」っていう部分を、なんとなく主から聞かされていたのではないかな?という気がする。
主に出陣を告げられた回想をしているシーンで「…いえ、できるかどうかじゃありませんよね。やるしかないんですよね」っていう彼は、自分にしかできない任務としてなにかを託されている自覚をしている風だった。
その後、出陣前に出会う明石に「えらい思いつめた顔してはりますなぁ」って声をかけられても、詳細を語らないところを見ると、そうなのかな…って余計に思う。
鶴丸から作戦曲で「篭手切。頼んだ」って言われてるのを見るにつけ、やっぱりそうなんじゃないのかな、先輩の存在を念頭に置いて出陣していたのではないかな、と。

で、それに対しての、明石国行な~!
「一応、気にかけておきましょか?」の”気にかける”は、篭手切江のことだったのかな…ってちょっと思う。秀康を操る刀に対する対処が、あまりにも端的で鮮やかだったから。(こてぎりくんに止められて実現はしないのだけど)
最初は元の主に対峙することになってしまう御手杵のことなのかな?とも考えたんだけど。いや、後で明石はその二人に対して諭すような歌も歌ってるし、どっちもに対してかなぁ。。うーん…
でも多分こてぎりくんのことだったような気がする。たぶん。。

仮にそうだとすると、いや刀ミュ本丸の主、あんた…ってなるよね。
だってつまりこてぎりくんに作戦の根幹部分を任せながら、そこで明石とこてぎりくんがぶつかるだろうことまで想像しているわけでしょう。で、きっと主の想像どおり、こてぎりくんの思いに揺さぶられた明石がある種態度を変容させるであろうことまで読んでいるってことになるのでは…ええ…(こわい)
さらに最終的にすべてを引き受けて場を収集する役割は、まるっと鶴丸国永に任せていたわけですよね。。
どの刀剣男士がどう動くかを、ほぼ完全に見切っているのではないかと思わせられる、あの本丸の主。。
「ま、どうせ君が無茶苦茶な任務をやらせて鍛えたんだろうけどな!」ってあけすけに言ってのける鶴丸、なんというか今までみんなが言いたかったことを言ってくれた!感があった。笑
ほんとだよ!まじで無茶苦茶な任務ばっかりやぞ!

葵咲本紀における「刀剣男士たちが見ている角度がそれぞれにバラバラ・情報格差が部隊の中に存在している雰囲気がある」っていう状況が、本当につはものを彷彿とさせた!この点においては、2作品の作りがそっくりだった気がする。
…まぁその感覚がまさかの三日月宗近によって補完されてしまうんだけどね!涙
まじで忘れられん。なんで私は8月3日に突然推しの姿を銀劇で見ることになってしまったんだろう…。ひどい目にあったな…(遠い目)



とくにまとまってないです、言いたいことを書いただけ!丁寧にまとめることは放棄してるので、ある意味ツイッターのつぶやきを引き伸ばした感じの文体!笑
葵咲本紀が好きすぎるので…とりあえず叩きつけて満足した!寝る!(もはや日付は歌合当日である。)