こたえなんていらないさ

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TOHO MUSICAL LAB.を観た。「CALL」「Happily Ever After」2作品の感想

7月11日に上演された、TOHO MUSICAL LAB.を見た。
www.tohostage.com

シアタークリエに観客を入れずに映像配信だけで届けられる、少人数での新作ミュージカル上演。上演時間は1本あたり約30分、公演前に事前収録のインタビューを挟んでの生配信である。

見終わって、2作品ともに、そこにあったのは「祈り」だったと感じた。
以下具体的に内容に触れまくっているので、これから配信映像をみる予定の方はご注意を!


1作目:「CALL」

”誰もいない”場所を探して、さすらうように歌を届けるバンド「テルマ&ルイーズ」の7人。
メンバーの中心は、ボーカルを担当する三姉妹。
その日の彼らは、今は緑の生い茂る、かつては劇場だった場所で歌を歌っていた。

姉たちが劇場の奥を探検しに行ってしまった間、三姉妹の末っ子、ミナモはひとりで先程姉たちと歌っていた歌を口ずさむ。
「誰も聞いてくれないなら 誰にも聞かせてあげない アカウントに鍵かけて 秘密の歌を歌う」
でもその声に、ぱち、ぱちと、手のひらを打ち合わせる乾いた音が返ってきた。
驚くミナモの目の前に表れたのは、ヒダリメ。かつてこの劇場専用だったという記録用のドローンだった。

「なにしてるの」
「ごめん、素敵な歌声だったからつい、拍手しちゃって」
「…はくしゅ?」
「…拍手、知らないの?」
観客が送る拍手のことも、カーテンコールがなんなのかも知らないミナモに、ヒダリメは教える。
感謝を伝えたいから、拍手を送るんだよ、と。



設定の詳細は想像するしかないが、そこに描かれているのは、人前で音楽やお芝居を公演するという行為が久しく失われた後の世界だったように思う。

冒頭から繰り返し歌われるテーマソングの歌い出し、
「誰も聞いてくれないなら 誰にも聞かせてあげない」の裏側には、痛いほど観客を切望する裏返しの思いを感じた。
本当は誰かに届けたい。この声を聞いてほしい。
だけど、誰にも届かない。それなら、いまこの場所のためだけに、そうしたいと思う自分の本能のためだけに、歌ってみせる。
テルマ&ルイーズの三姉妹は、観客が存在し得ることを、まだ知らない。
だけど心の奥底で、本当ならばこの声を受け取ってほしいと、いつの間にか願っている。


「ヒダリメのクラップ、あたしたちのバンドにめっちゃ似合うと思うんだ」「ねえわたし、カーテンコールがしたい」と弾んだ声で姉にせがむミナモ。
彼らのライブは、いつもは「ヘーイ、静寂、聞こえてますか?」から始まるけれど、
ヒダリメという観客を得たミナモは「ヘーイ、…ヒダリメ。聞こえてますか?」と、意志を込めてヒダリメに呼びかける。
そしてヒダリメは「聞こえてるよ。」と、しっかりとした答えを返す。
かつて劇場にたくさんの人が集まる様子を見ているのが好きだったヒダリメと、
生まれてはじめての自分の観客を得たミナモ。
二人の気持ちが、お互いに「届きあった」ことが、その瞬間に伝わってくる。



人はなぜ劇場に集うのか。表現を受け取とったとき、気持ちがどう動くのか。
そしてその表現が届いたとき、舞台上ではどんな感情が踊っているのか。
三浦さんがCALLという作品に込めたものは、「届く」ことへの祈りだと感じた。


サビで「君の名前呼ぶんだ」と繰り返すタイトル曲「CALL」。
それはまさに、劇場からの呼び声のようだった。
あなたの名前を呼びたい、この声を届けたい。どうか聞いていて。
誰にも聞かせてあげなかった歌が、初めて今「君」という誰かに届く。

クリエの赤い座席に、今は誰も座っていなくて、でもその向こうに届くことを信じて、明るい音楽がステージ上に満ち溢れる。
歌声を聞いているだけで、勝手に涙がぼたぼたと落ちて、届いていますよと叫び返したくなった。
「ヒダリメは、星空みたいにクラップするね」
途中にあるミナモのこのセリフは、普段わたしたちが劇場に広げている拍手をそう捉えてもらったように思える一言で、胸がギュッと苦しくなった。
弾ける拍手の音の星空で、役者のみなさんを祝福できる日が、本当に早く来るといい…。


三浦さんにも評されていたけど、めいめいちゃんから溢れる無垢さは本当に真っ白で、光そのものみたいで、ヒダリメに拍手やカーテンコールを教わった後は、またひとつ新しい命が胸の内に宿ったみたいだった…。
彼女が歌声にぐっと力をこめた瞬間、空気の質がぐんと変わる様子、本当に好き。勝手に鳥肌が立つし、その場に満ちる空気が「生きて」しまうことがわかる。
達成くんが役柄的になかなか歌ってくれないのでまさか聞けないんじゃ!?ってドキドキしたけどそんなことはなく、最後に披露されるCALLで思いっきりその溌剌とした歌声を聞かせてくれて嬉しかった。彼のスパンと正面から当たるまっすぐな高音はやっぱり魅力的だと思う。
妃海さんの力強い歌声は、だれもいない自然の中に広がる情景にぴったりで、だけど「景色に聞いてほしいと思って歌ってるよ」の言葉の奥にある澄んださみしさが宿っているようだった。

三浦さんが歌詞にのせた言葉たちは本当に「詩」だなぁという感じで、
緑につつまれた”劇場”のセットの中に広がると、なんだかおとぎ話みたいで…いまわたしたちに必要な、現実逃避ではないファンタジーを、届けてもらったような気がした。


2作目:「Happily Ever After

些細なことで言い合いを始めた両親の苛立ちの声。
普段は四六時中顔を合わせることがなかった二人が、今はしょっちゅう一緒にいるから、こうして喧嘩ばかりしている。
その出来事をどう捉えたか。少女は眠る前にひとり日記帳に自分の言葉を書きつける。
そして、眠りに入る前に祈るのだ。
静かな夜の中で、「彼」に会えますように、と。


その夜、夢の中の彼女のもとに現れたのは、見知らぬ青年。
お互いがお互いの夢の中の侵入者である彼らは、一体誰なんだと問い詰め合う。
でも少女と青年は、ぶつかり合うようで、実は気づき始めている。
いま目の前に立つ相手こそが、自分たちにとっての運命の相手、かけがえのない存在なのだと。



なんというか…この作品は「完璧」だった。。完璧と表現したくなる…。
構成要素の過不足のなさに驚かされたし、やりたいことが全部表現できていて、なおかつこちらに伝わっている実感がとてもとても強かった。

夢見る乙女の部屋といった風情の舞台セットは、ひとむかし前の少女趣味ど真ん中といった感じで、机に添えられている椅子はバイブルチェア。どこかアンティーク調にくすんだ色合いのドライフラワーや布地やレース、たくさんの細々したアイテムで部屋中が彩られている。
その中に佇むネグリジェ姿の、生田絵梨花ちゃんの途方も無い愛らしさ。。シースルー素材を重ねた花柄の布地、ふわっとボリュームのあるパフスリーブ、たっぷり幅のあるスカートの裾のフリル、きゅっとしめられたウエストの細さ…全てがお人形すぎる!ハーフアップのヘアスタイルも似合いすぎていて可愛いっ…!
その傍らにぴったりと佇む、少女の内面を映し出す心の中の存在として現れるrikoさんのほんの僅か傷ついているような、気怠げな美しい数々の仕草。
そしてその少女の夢の中にふわりと登場する海宝くんのスタイルが、麻のような素材の開襟シャツにサスペンダー付きのズボンというごく素朴なものであるがゆえに、明らかに少女の夢の中の世界にとっては「異質」であることも伝わってくる。


夢の中まで昼間の現実と同じようにつらいものだなんて耐えられない、誰かとわかったつもりになってわかりあえないことが怖い。
理解者を求めているというよりも、理解者を求めた結果それが得られないことに先回りして怯えているような青年に、少女は自分が書いている日記について語りだす。
ここからはじまる二人のデュエットには、本当に頭を殴られたみたいな感覚になった。
「Please, please, please, darling please!」
運命の人に巡り合ったのだという事実を、重ねる歌声の中に互いに見出していくその様子。音色にはただ喜びだけが弾けるようで、心の底から生き生きとしたその表情と…見ていて、びっくりするくらい泣いてしまった。
このおふたり、歌声の相性が最強にいい…!
海宝くんの歌声を聞いたのが実は今回が初めてで、自由自在に操られるハイトーンに度肝を抜かれた。
梨花ちゃんの歌声は、わたしは去年のロミジュリぶり。その可憐な見た目からは想像もつかないような力強いどこか硬質でさえある歌声が、曲が最高潮に達したところでパーン!と出てくる様子は、何度見ても圧倒される。


お互いが運命の相手だと自然に認めあった二人だけれど、これはあくまで夢の中の出来事。
目覚めはイコール別れであり、出会えた喜びと等しく、別れの苦しさが二人の胸の内を焼く。
それでも「夢で笑っていて」と願いを託しあって、二人はそれぞれの世界へと戻っていく。
「現実が辛くなったら、君に会えるように」
「想像力を、集中して」



目覚めた少女の頬には、涙の筋が伝っている。
戻ってきてしまった現実の中で、耳を塞いで縮こまる心の中の自分の姿に、少女はそっと、だが力強く語りかける。
「どうか、世界を愛せますように」
その言葉に、固く閉ざされていた腕はほどけて、舞台は静かに暗転していく。


そして、カーテンコールとして最後に再び披露される、二人の出会いの曲。
誰かを見つけて愛することは、自分が生きるこの世界を愛すること。
正面からそう受け止めて、その愛を相手に、世界中に届けようと、意志を持って自分の足で立つ二人。
歌っている二人が本当に心の底から楽しそうで、やっぱりまたぼったぼたと泣いてしまった。


本当に、とにかく「完璧」な作品だった…。
歌によって理屈にならないほどに感情が揺さぶられて勝手に泣いてしまうのは、これこそミュージカルだ…という感覚だったし、メインで演じる二人にダンスで寄り添うrikoさんと生ピアノ一本の伴奏のバランス、本当に過不足がなくて、見ていて気持ち良すぎた。
ねもしゅーさんが東宝と組んでお仕事をされるイメージが全く無かったので正直驚いたタッグだったんだけれど、いい意味で裏切られる後味だったのもすごくびっくりした。
彼女の作品を最後に見たのは2015年で、その時の強烈な印象が焼き付いていて、ミュージカルを作ったらどうなるんだろう…?とまったく想像できなかったんだけれど、抜群の歌唱力がある役者による歌が入ることで、感情の表現がある意味ではわかりやすくまとまるというか。(最近の作品を見てないので勝手なことを言ってますが…)
ものすごく絶妙なところで采配が踏みとどまっているような感覚があった。正直、見る前は「なんかすごくえぐかったり落ち込むタイプのものを見せられるんじゃないか…!?」とかなり怖かったんだけれど笑、その心配は杞憂だった。

LABという試み

やはり配信のみ、という形態にはどうしてもまだ馴染みがなく、実は直前までみるかどうかを悩んでいたのだけど、本当に本当に見てよかった。

観客が誰もいない劇場が、いつかまた満員に埋まる日が来るように。
それを望み続けることすら困難に感じられる中で、いまできる表現を届けようとする試みに、どれくらいの価値があるのか。
きっと届ける側にも不安ばかりだろうし、この先の道のりが果てしなさすぎて、正面から見つめ続けることがどうしても辛くなる。
でも、発信しないと表現そのものがゼロになるし、こちらがそれを受け取らないとフィードバックもまた、ゼロになってしまう。それじゃやっぱりだめなんだ。


見てほしい人と、見たい人たちがいれば、そこにはちゃんと作品が成立する。
わたしたちが劇場に行けなくなって、まもなく半年になる。でも、舞台のある未来を望むなら、受け手としてここに居続けることにはやっぱり意味があるんだと、今回観劇していて改めて思った。
舞台おたくとしてのアイデンティティがとうに崩壊しきっている今、こういう体験ができることは、本当にありがたい。
自分が舞台を見たいという気持ちを捨てちゃいけないんだって、目を開かされるような思いになる。


2作品ともものすごく素敵な時間でした。シアタークリエから届けられたまっすぐな祈りが、画面の向こうとこちら側とで、ちゃんと重なった気がしました。
エリザもミス・サイゴンも全公演が中止になって、どれほど苦しい中かと思うのに、こうして新しい灯火を生み出してくれた東宝演劇部さん…ありがとうございました。
欲を言うと、曲がどれも素晴らしすぎたので、CD音源ほしいです…!


まもなく再開されるクリエや帝劇での公演が、どうか無事に幕を開けられますように。