こたえなんていらないさ

ミュージカル『刀剣乱舞』を実家とする舞台オタクのブログです。推しとご贔屓がいます。

ミュージカル「ロミオ&ジュリエット」東京公演を見終えての感想その1・黒羽ロミオについて~人生はミュージカル~

ロミジュリ2021、本日が東京公演の千秋楽。この記事を書いている間に無事に幕が降りたようです!
Wキャストゆえ、一足はやく昨日の6月12日のソワレで、黒羽ロミオ東京楽を見届けて来ました。
本当に、あっという間すぎる約3週間…まずはとことんまりおくんのロミオについて、感想を書き残します。
(他キャストの皆さんについては改めて別記事にて書こうと思っています!が、がんばれ私…!)


初日に受けた全体的な印象と大きくブレるところがなかったのですが、東京公演期間中、とにかく頭の中に鳴り響いていたのは「演技が繊細」という小池先生評。
どうしてそういう風に言われるのか、改めてよくわかる気持ちになったロミオでした。
目の前に起きる出来事ひとつひとつを、丁寧に心に映して、そこで生まれた自分の感情が、自然に表に湧き出てきている。
決められた型にはまった動きなのではなくて、今そのように心が動くから、ただそれだけを理由として、生き生きとした表情を見せてくれる。
どれも初日に書いたことの繰り返しになってしまうんですが、ロミオって「恋」以外にこんなに複雑に感情の動きを提示してくる役だったのか!とびっくりしました。
考えれば考えるほど、ロミオって難しい役ですよね…。たぶん本質的には「恋」に全振りするのがとても正しいようにも思うけれど、それだけだと「僕は怖い」など、陰の部分の表現がまるごと宙に浮いてしまいそうだし。
途中で人を殺めてしまう場面もあって、どこに軸足を置きなにを表現していくのか?と考えたとき、やっぱりひとつひとつの場面を嘘なく生ききる…以外にできることがない役のような気がする。
好みも当然あるのは理解するんですが、わたしはひとつの嘘もなく生ききる、ある種人間くささを感じさせる黒羽ロミオが本当に大好きです!
そりゃファンだから当たり前なのはそうなんだけど!にしても!良すぎたよ~~~まりおくんのロミオ!!!


千秋楽だけを特別視するのってあんまり好きじゃないんですけど、でも昨日の公演、短期間の中でこんなに変わるか!?と思わされた部分も大きくて、やっぱり特別でした(どっちだよ)。
本当に今できることを出し尽くした、板の上でやりきった公演だったのだなとひしひしと伝わってくるようで。
端的に言うと、一幕では恋心の色合いがぐっと深まり、二幕では初日から切れ味抜群だったもがき苦しみの様子がよりソリッドなものに仕上がっていて、初日に提示した表現をしっかりと深めきった千秋楽だったなぁと感じました。
言いたいことがありすぎてまとまるのか不安ですが、一幕・二幕に分けて書いてみようと思います。

◆一幕についてその①:色濃く深まった真っ直ぐな恋心

冒頭の「いつか」は、ここで過去イチの情報量を出してきたかぁ!と思うような、色とりどりの表情で登場なさり、のっけからその眩しさにやられました。
ついに幻覚を見てしまったか…と思ったんですが、あまりにも表情がキラッキラなので、昨日は歌っているまりおくんのお顔の周りに、光のつぶつぶのエフェクトが見えた気がしてしまいました。。いや本当に見えた…もうそれくらいに眩しく輝いていた。
なんていうかここはとことん、少年なんですよね。出てきた瞬間から美しい瑞々しさをたたえている若者としての笑顔で。
まだ見ぬ恋人を思い、期待に胸をふくらませるその表情は、ただ明るい希望に満ちている。
公演序盤ではやっていなかったけど、歌いながら時折胸元に手をやるようになっていたりして、うきうきと心弾む様子がとにかく愛らしく。。
時節柄、今年はロミオが客席から登場できなくなったので、いつかでのロミオ・ジュリエットの立ち位置が19年とはけっこう変わっているんですが、その結果下手で両腕を広げる乙女の動きが今年はロミオに割り振られているのが可愛くて好きです。(19年はジュリエットがセットではなく舞台上でバラを片手に腕を広げる動作をしていたので、どうしてもそれがよぎるの…!)
黒羽ロミオ、「遊びならば何人かと付き合ったけれど虚しいだけ」は、こいつ本当に遊びだったんだろうな…って思わざるを得ないモテ男の容赦のなさがダダ漏れているところと、
「いつか出会う」と本気で信じて運命の人を思い浮かべるピュアで晴れやかな笑顔が当たり前に両立しているところが、すごく心憎いです。笑
あれは絶対、気のない相手に思わせぶりな態度をとって女の子を泣かせまくってる男だよ!なる。ロザラインもクラウディアもシルヴィアも女の子の勘違いじゃなくて絶対悪いのはロミオだよな、と思ってしまいます…。笑
まりおくんが事前にロミオのイメージを尋ねられて「ナチュラルモテ男」と回答したことがあるんですが、それをきっちりと体現してらして、似合うとは思っていたけどここまでとは…!脱帽だよ!なりました。


二人の気持ちを確かめ合う「バルコニー」では、ジュリエットの「どうしてロミオなの」の嘆きを聞いたあと、本当に「あーあ…」というような落ち込み方を見せるところが好きです。
そりゃそうだよな、自分はモンタギューで相手はキャピュレット。どうにかなるはずがないんだよな、と、ものすごく冷静に状況を俯瞰しているように思います。
それでも「それが無理ならせめて 私を愛して」の言葉を聞いた瞬間に、恋の成就の喜びが胸の内で弾けることがわかる。
彼女も自分と同じ気持ちなのだという事実にぐっと背中を押されたそのままの勢いで、真っ直ぐに恋に飛び込んでいくんですよね。
バルコニーから降りた後、ジュリエットに”愛の花”であるバラを掲げてみせるシーンがあるんですが、たぶんラスト数公演目から、2回その同じ動作をやるようになっていました。
微笑みを交わしたあと、嬉しくなりすぎてついもう一度恋人を振り向いちゃう!というその笑顔がちょっとあまりにも可愛くて、客席からふふ…とあたたかい笑いが起きていたほど。
それを見て笑っているジュリエットも本当に可愛いんですよ…!
ロミオの行動を規定するのは、ジュリエットへの恋心なわけだから、深めるとしたらやっぱりそこが超重要だよな!と。
公演後半でそこをさらにしっかりと掘り下げてきた黒羽ロミオの進化、見ていてとても嬉しかったです。

◆一幕についてその②:恋に落ちながら、現実も見る

ロレンス神父のもとへ結婚式の相談に行く場面「愛ゆえに」。
あのシーンでの黒羽ロミオから滲み出ているのは、愛すべき人に出会った喜びではなく、重々しい「覚悟」なのがすごく特徴だなと思います。
「結婚式を…挙げていただきたいのです」からの、ロレンス神父とのやり取りが本当に好きなんですが、「キャピュレットの娘です」の言い方も、お前の家は?と問われたあとの「モンタギュー。」の表情も。
自分がしようとしていることが、現実的に考えてどれほど危うく無謀な振る舞いなのか、黒羽ロミオは嫌というほどわかっている。
それでも、この想いの強さを止めることはもうできない。パリス伯爵と結婚させられそうなジュリエットと自分が結ばれるためには、もうこの方法しかない。
「二人の愛が実ったとき この街にも訪れるだろう 平和が」のワンフレーズも、心底そう考えているのだという事実が伝わってくる気がするのです。
現実逃避ややけくそからくる行動なのではなくって、真正面から運命と現実を受け止めてみせようとしているというか。その様子を端的に表すと「覚悟」なんだな、と感じます。


その重たい決意のもとに、真実の恋人とこれからの人生をともに歩む誓いを立てる「エメ」。
ジュリエットを見つめるその瞳は、まさに慈愛、と評したくなるような表情に溢れていました。
初日はこのエメでもどちらかというと覚悟の色合いが強かったんだけれど、公演が進むにつれて、どんどん「恋」のオーラをまとうように変わっていて。
自分のほうへ真っ直ぐ歩いてくるジュリエットを見つめる間中、柔らかな微笑みを広げて、君しか見えないという強い思いを全身から滲ませる。
「この宇宙が終わるときも愛は残る」の上ハモリの高音も、公演後半になるにつれ、ボリュームがま~容赦ないことになっていて…!
わたしの観劇後半戦がすべて伊原ジュリエットとのペアだったんですが、まるで教会中にふたりで愛を広げるようなエメに仕上がっていて、6月に入ってからは特に素晴らしかったです。


黒羽ロミオ、ロマンチストでありながら現実を見る力も強いというところが、かなり珍しいロミオなんじゃないかな?と感じます(このあたりは最後に改めて)。
でもだからこそ、本来であれば「生き残れそう」でしかないんですよね…なのにどうしてそんなことに?っていう悲劇性が、逆説的に強まっている。
ジュリエットとの愛を絶対に成就させたいからこそ、現実を見据えて障害を乗り越えてやろうとしてる感があると思います。
運命のボタンの掛け違えがなければ、本当に二人の結婚によって、誰の血も流さずにヴェローナの街に和解をもたらせた可能性があるんじゃ?と見ながら思ってしまうんですが、
だけどそれをさせてもらえないのが、「愛する代わりに憎しみが満ちる」ヴェローナなんだな…と思うと…。いや~~~辛い!!!

◆二幕についてその①:運命の恋は、彼を大人に変える

二幕冒頭、黒羽ロミオは「街に噂が」がものすごく!良いんです。
歌詞にあるとおりなんですけど「キャピュレットの一族も同じ人間だ」「憎しみを捨てて彼女との愛に生きる」というのは、なにも夢物語を述べているのではなくて、
それがあのときのロミオにとって見えている世界の真実なんだろうと思うのです。
その理由を考えたのですが、きっとロミオはジュリエットに出会うことで大人になったからなんじゃないか?という解釈に落ち着きました。


ヴェローナの街の若者たちは、みな古くからのモンタギュー・キャピュレット両家の対立を疑わないで暮らしています。
黒羽ロミオはたぶん、そこの枠組みには元々さほど囚われておらず、自分がたとえ当家の跡取り息子だとしてもいがみ合う必然性を感じたことがないし、興味もなかったのだとは思います。
しかしさらにその状態から、黒羽ロミオはジュリエットに出会うことで、もう一段階「自由」になっているんじゃないかと思うんです。
連綿と続く憎しみの種を植え付けられた街の若者から、それまでとは違う視野で、目の前の世界を捉えなおすことのできる新しい世代の若者になっている。
ひとりだけぽんと新しい位相に飛んでしまった、そんな感じなんです。ヴェローナの街の既存の大人たちともまた違う形で、ロミオはひとり、大人になっているんじゃないかなと。
もちろん、それは旧態依然の世界に生きたままの仲間たちとは当然相容れるはずがなくて、ロミオは徹底的に孤立してしまう。それを表しているのが、この「街に噂が」という曲であるように感じました。

19年に見ているとき、この歌については、ジュリエットとの運命の恋に出会ったがゆえに、それを貫くことしか考えられない近視眼的なロミオの姿なんだという風に受け取っていたんですが、今年の黒羽ロミオを見ていると全くそういう印象を受けませんでした。
これまでと違う全く新しい受け取り方が自分の中に生まれてとても新鮮だったし、それが黒羽ロミオならではの表現なんじゃないかな、と思えてとても好きな場面です。


この黒羽ロミオの在り方は、「決闘」でも光ります。
「仲間を愛するなら憎しみは忘れろ」という魂の叫びは、いい子ぶっているのでも、単に争いを嫌っているのでもなく、ジュリエットに出会って得た新しい視界から来るものなんだなと思うんですよね。
家同士がどうこうなんて関係ない、純粋に人と人との関係じゃないか、現に自分はジュリエットと出会って愛し合っている。
そもそも自分たちがなんの根拠もない憎しみに支配されるのはおかしいって、ロミオは本気で周囲に訴えているのだと思います。
どうしてロミオがそんなに必死になって、マーキューシオのこともティボルトのことも等しく止めようとするのか、その理由が黒羽ロミオを見ているとすごくストンと理解できる気がしました。

この場面は、ほんとうに登場する全員が、憎しみに支配されきっている。
ロミオが割って入らなくても、マーキューシオとティボルト、どちらかの命が失われるまで決着はつかなかっただろうなと。
目の前の相手を倒すことしか考えられなくなっている若者たちの間を縫うように奔走しつづけるロミオの様子は、その憎しみの感情から一人だけ切り離されているように見えます。
しかしそれが、次の場面で大きく変わってしまうことになる。

◆二幕についてその②:そして「憎しみ」の濁流へ

マーキューシオの死は、憎しみから一番遠い場所にいたはずのロミオの運命を、徹底的に反転させてしまいます。
事切れたマーキューシオを抱く黒羽ロミオ。「この世は地獄なのか ああ」の最後の音を伸ばしている途中に、徐々に目つきがどす黒く変わっていくんですよね…。瞬間的に、内面を憎しみに染め上げられていく。
焦点の定まらないまま、転がっているナイフを拾い上げ、掠れた声で「ティボルト…」と呟いて、足を引きずるようにティボルトの方へ近づいていくけれど、その瞳はティボルトをまともに捉えていない。
対するティボルトは正面からロミオを睨みつけているんだけれど、その視線にすら気づかないままに、衝動的に勢いよくナイフを突き刺す。
自分の足元にティボルトが勢いよく倒れ込んだ後にようやく、今何が起きた…?と我に返り、自分の手に握られたナイフに気が付き、何をしでかしてしまったかに思い至る。
その瞬間恐怖に顔を歪め、ナイフを取り落して一目散にその場をまろびでていく…。
まさに「殺すつもりなど全くなかった」としか言いようのない姿でした。
生来の純粋さゆえに、親友を殺された事実に、瞬間的に憎しみに自我を支配されてしまったことがわかる。それはまりおくんが事前に「(愛にも憎しみにも染まれるように)なるべく真っ白でありたい」と語っていた姿とぴったりと一致するもので、こうやって仕上げて来たんだな…と思うといい意味で打ちのめされました。
ロミオがティボルトを殺してしまう事実、その一連の流れの違和感のなさが、本当に見事だなと。
明確な意志の介在しない衝動的な殺人ゆえ、その後の悲嘆や悔恨も色濃くなるなと思います。


東京千秋楽では、ティボルトを刺してしまった後の「代償」も凄まじかったです。わたしが見た東京公演の中では、いちばん濃い演技をしていたと思います。
ティボルトを刺した自分の右手を、信じられないものを見るような目で見つめ、わなわなと震えだす右手を必死で左手で握りつぶすように抑え込む。
それでも収まらない震えに怯えるように身を捩り、うずくまったまま後ずさろうとしてみたり、慟哭のままに激しく手を床に叩きつける動きをしていたり…
歌や台詞がない間はマイクは切られているんですけど、ここの黒羽ロミオ、声に出して泣き続けてるんですよね。。
パニックになった人がやるみたいな呼吸の仕方になっていて、そのままだと過呼吸起こしてしまわない!?って見てて心配になるようなもがき苦しみ方をしてて、特に千秋楽は、身の削りかたが本当にエグかった。。あの時間、本当にものすごく消耗すると思う…。
昨日は大公が出てきた後、どこのタイミングかまでは思い出せないんですが、膝をついて身を起こし、マーキューシオの亡骸を呆然と見つめている瞬間があってウワー!?ってなりました。そんなのここまでで見たことない!
初日の「代償」は、どんどんと内側に潜り続けていくような演技をしていて、そのぶんどうしても見る側に対して伝わるものが少なすぎたんじゃないかな?とも感じていたので、
改めて先生から演出がついたか自分で変えたのかはわからないですが、段違いに良くなったポイントじゃなかったかなと感じました。素晴らしかったです!

◆二幕についてその③:白眉というべき「憎しみ~エメ リプライズ」

そして問題の「憎しみ~エメ リプライズ」。この曲の破壊力、何回聞いても慣れることはありませんでした…!
あれだけ荒い呼吸を繰り返していたあとに「僕は憎む 自分の中にある 黒い炎 それは」を、感情のままに腹の底から絞り出すように、でもしっかりと歌として聞かせられる声で出してくることに、まずたまげます。
どこか吐き捨てるような発声だったり、怒鳴り声に近いような声を出したりもして、台詞のように歌詞がこちらの中に入ってくるんですよ…でも、同時にちゃんと歌として成立してるんだよなぁ!!?
ここの技量、本当にとんでもなく跳ね上がったポイントだなと思います。今回のロミオ以前のまりおくんからは、この歌唱はちょっとファンでも想像できませんでした。。
いまフルでこの曲を思い出してると、ここも好きあそこも好き!って、全フレーズにラインマーカーを引きたくなるやつで…
「破滅だけが僕を待っている」の、なんていうかもう”破滅”っていう単語そのものだわ!みたいな発声もめちゃくちゃ好きだし。。破滅を音で表したらああなる…って思う感じの…!

黒羽ロミオの何が好きかって、初日からずっと思ってることですが、運命じゃなくあくまでも己の愚かしさを呪うところです。
なんていうか、運命と対峙するものとしての自己があるように思えて。しでかしてしまったことへの責めを、苛烈なまでに深く深く自分に突き刺していくので、本当にどうやったって救ってあげられない気持ちになるので辛い。。

そして最後に零す「ジュリエット…」の悲痛さ。
初日は彼女の存在が一筋の光のように現れたんだな、と感じるような、名前を告げた瞬間に瞳に光が戻る演技をしていたんですが、
東京公演の後半では、ここがぐっと悲嘆の色合いに変わりました。誰より悲しむその人は、で思い出したとおり、愛する人を絶望のどん底に落としてしまうことへの悔恨。
でもそれでも。二人の魂だけは引き裂けない。それだけをよすがに、もうこの世に信じられるものなど何もない、追い詰められきった黒羽ロミオが零す「エメ…」の光。
(あそこでじわっと死が隣で体を起こすところが怖すぎて本来大好きなんですけど!今年どうしてもロミオ定点してしまってちゃんと見られてない…!)


この歌が終わるたび、客席で毎度魂を抜かれたようになっていました。心臓はドキドキするわ、握った自分の手には立てた爪の跡がつくわで大変でした。
そしていつも、拍手も長くて大きかったように思えていて…。自分が誰よりも呆然としているので全然当てにならないんですけど、この曲でそんなふうに客席を持っていくロミオ…?と思うと、もうファンとしては嬉しくてしにそうになります。
思いもよらない形で人を殺めてしまい、突如として悲劇のど真ん中に放り出された様子がここでひとつの完成を見ると思うのですが、本当に見事としか言えなかった。
こんなすごいものを見せてもらえるとは…ただただ圧倒され続けたことを、とにかく幸せに感じました。

◆まとめると、黒羽ロミオの魅力は「矛盾を内包する人間らしさ」

ロミオという役をどうとらえるか。おそらく解釈や好みは色々とあると思うんですが、今回の黒羽ロミオを見ていて、この日本オリジナル・バージョンの物語中における説得力が段違いに強いロミオであるように、わたしには感じられました。贔屓目ももちろんありましょうけれど!!!
ロミオはもともとどんな青年で、ジュリエットに出会いどう変化したのか。争いを好まないはずの彼が、どうして人を殺してしまうのか。最後にどうして自らの命を断ってしまうのか。
そのひとつひとつに唐突さがなく、ストーリーの中で必然性を背負って表現されていくので、話の中で場面ごとに変化していくロミオに一切の違和感が生じないところ。そこにとにかくわたしは説得力を感じました。


見出しにまとめたとおりですが、黒羽ロミオの魅力は、矛盾しそうなものを内側にしっかり内包して、無理なく両立させられるところだなと。
ジュリエットにまっしぐらに向かっていく恋心も、敵の一人娘に恋した自分の置かれた立場がどのようなものであるかも、どちらも正面から現実としてちゃんと受け止められているというか。
夢見がちゆえに突っ走っていくのではなく、どこか賢さを感じさせる、地に足のついたロミオ像のように思えます。
ロミオの持つ純粋さは、世間知らず感ではなくって、あくまでも気立ての良さ、素直さとして現れているんだろうなと。
モンタギューの仲間の中心にいて慕われているのも、すごくしっくり来るというか…。
これまでわたしがロミオに対して抱いていた「世間知らずの育ちの良いお坊ちゃんだから、夢見がちでもしょうがないよね」と思わせられるような部分が、黒羽ロミオにはあまりない。
それゆえ、たぶん王道ではなくてちょっと違うんじゃないかと感じる人も多いような気はなんとなくしてます。
なんだけど!それでも!王道じゃなく独自にアプローチして積み上げたものによって生み出される、物語の中における説得力が、やっぱりどうしたってものすごく強いと思う…。
そしてそれがまりおくんならではの表現だなと思うので、もう好きしか出てこないんですよね…!そりゃあもう、大ッ好きですね!!!(全力)


「僕は怖い」については初日にもたくさん書いたのですけれど、歌詞そのままに伝わってくるものがとても濃いような気がしていて。
視野が広くて現実が見えている黒羽ロミオだからこそ、「僕にはわかる 何かの終わりが もうすでに始まっている」なんじゃないかな、と思わされてしまう。
争いや憎しみに覆われたヴェローナという街で暮らす彼らの周りには、いつもどこかに死の予感が潜んでいる。
なにかがほんのちょっと爆発すれば、それは人の命を失わせるような事態へ簡単に転がり落ちる。そんな危うさの中にあるいつもの日常。

あの曲の黒羽ロミオが見ているのは、きっと今よりほんの少し先の未来。
頭上は美しく晴れわたった青空だけれど、遥か向こうの方に、どす黒く渦を巻く雨雲が見える。
もしかしたらそれはこの後、こちらに近づいて来て、土砂降りの雨を降らせ、自分をずぶ濡れにするのかもしれない。
根拠のない怯えなのではなく、実感してしまっていることから来る畏怖心というか…。全然死にたくなんかないし、本当に「僕は怖い」んだなと伝わる歌唱で、その怯えの様が見ていてかわいそうになるくらいでした。。
とても強い感受性を持ったロミオなんだろうなぁと見ていて思うのですが、つまりそれはご本人の特性を映しているようでもあって、やっぱり見ていてファンの感情がどこまでも巨大になります…。好きすぎる…!!!涙

◆おまけ:人生はミュージカル!

6月12日の夜公演でWキャスト千秋楽を迎えたキャストは複数いらっしゃるのですが、その中でも主演おふたりがいつもどおり中心に残り、合計4回のカーテンコールになりました。
ダブルまではキャスト全員をお呼びしてのご挨拶なのですが、3回目・4回目はロミオとジュリエットのおふたりのみ。
ここのご挨拶で、とにかく「出し切った!!!」という充実感で爆発するような元気いっぱいのまりおくんが見られてすごく楽しかったです…!
初日以降、基本的にとてもしっかりとした座長としての態度を貫いてらして、6月5日の配信日の不意打ちのトリプルカテコで、初めて涙ぐんで個人的な本音を言葉にしてくれたくらいだったので、
急に全力でご本人出てきた!?ってなったのが、びっくりして楽しくて、とてつもなく可愛くて…。客席も笑いが止まらなくなる、すごくあったかくて楽しい時間になりました。
お隣のりっかちゃんがさすがの関西人で、ハイテンションなまりおくんが繰り出すおもしろ発言を見逃さずに拾ってはツッコミをいれてくれるので、もはや夫婦漫才みたくなってて本当に面白かった。


トリプルのタイミングで、その日のマチネでもうひとりのロミオである甲斐翔真くんが「家に帰るまでがミュージカルです!」という挨拶をしていたことに触れたまりおくん。
「昼公演で翔真が『家に帰るまでがミュージカルです』って言ってて、ああ~いいこと言うなあと思ったんですけど…家に帰ってからもミュージカルです!」と笑顔で言い切ったあと、
最終的に「人生はミュージカル!!!」って元気いっぱいに言い放ってて、どうしたどうした!?ってなって客席もりっかちゃんも笑ってたんですが、でもこれ、すごくいいな素敵だな、と思いました。
是非ともそんな気持ちで暮らして行けたらいいなぁと。
山あり谷あり、もしくはなにもないような平坦な道のりでも、歌うように朗らかに。
ふわふわした千秋楽のテンションの中で偶然生まれたものだと思うんですが、忘れられないフレーズになりました。
わたしは明らかに観劇で生きるエネルギーを得ている人間なので、”ミュージカル”という言葉が含むものがとてもとても大きくて…それをそのまま人生になぞらえると、なんともいえずに励まされてしまう一言でした。
嬉しそうなあのまりおくんの笑顔と一緒に、ずっと覚えておきたいな。


まりおくんのご挨拶には「千秋楽を迎えられることが奇跡のようになってしまった」という言葉もありましたが、
初日が初日のまま、千秋楽が千秋楽のままでいてくれて、本当によかった…。という言葉しか、まずは今は出てきません。


夢中すぎてもはや終始嵐の中にいるようなメンタルの3週間になりましたが、赤坂ヴェローナで見た景色、最高でした!
少し時間が空きますが、7月の地方公演も、どうかどうか予定どおりの上演が叶うことを、心から祈っています。

f:id:anagmaram:20210613163723j:plain
人生はミュージカル!2021.6.12 @赤坂ACTシアター


▼5/21初日の感想
anagmaram.hatenablog.com