こたえなんていらないさ

ミュージカル『刀剣乱舞』を実家とする舞台オタクのブログです。推しとご贔屓がいます。

「好き」に行き場はなくていい

梅雨寒の日々がつづいておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか!(急な時候の挨拶)

わたくしはですね!
こいつまじで一生同じことやってんな!って感じですが、またしても「好きだ!」の嵐に溺れ迷子になっている、昨今であります!
本当にどうして?お前は一体なんなんだと自分でも思うけど、でも、
好きになるかどうかってもはや選べない、運命づけられた何かなんだなぁと思ったりするわけですよ。

「こんなはずではなかった」と愕然とする頻度がここ数年で上がりすぎているのはちょっとどうなんだよ、と我ながら心配にもなりますが、好きだ!と思ったものはもう変えようがないもんなぁ……。
もはや完全に諦めモードに入っています。だってもう、好きなもんは好きよ!仕方ないよ!(ここ一番の開き直り)

お察しの通り(?)、全くの予定外もいいところに突然真剣乱舞祭2022に通い詰めている、この状況についてのひとりごとです。いや、行くつもりでは当然あったけど、通う予定なんて全くなかったんだ。。本当に、どうしてこうなった。

某・肥前くんの何がそんなに刺さってしまったのか?みたいな具体的な話はもう今回は特に書かないんですけど、この感情の荒ぶりを書き残しておきたくて、という記事です。


……いいですか!あのですね!(いきなりうるせえ)
好きになるかどうかをこちらの意志で選ぶことなど、できません!間違いなく、こちらに選択の余地などはない!
なぜなら、ある日突然、向こうのほうからぶつかってくるので!もうそういうものなので!
「好き」から出会い頭衝突をされ、あれよあれよという間にどこぞに沈んでいったご経験をお持ちのオタク各位、沢山いらっしゃるのではないでしょうか!

その対象に、どこまで自覚的に近づいていたか?という問題はもちろんあるわけなんですけど、
たいていの場合はそれ以前の問題というか……心の準備も何もないままに、向こうの方から突然どーーん!!!と勢いよくやって来て、
こっちとしてはびっくりして受け身も取れずに「うわぁぁぁぁぁ」と巻き込まれ、いつの間にやら見知らぬ場所へ連れていかれてしまう……みたいなのが、私にとっては定番になりつつあります。
そう、好きは選べないのだ。誰がなんと言おうと、絶対にだ。


そしてこの「好き」という感情には、
極論、どこにも行き場なんてなくて良いんだよなぁと、改めて思います。


自分の身のうちに尽きることなく湧き上がってしまう「好きだー!!!」という、もはや”暴れ”。その先は、正直どうにかしようがないに決まってて。
もう完結しているといえば、既にしているのです。その後外に向かって世界が展開することはたくさんあるかもしれないけど、なんていうの?その感情そのものの成就を目指すような何かではないじゃないですか。うまく例えられないんだけど。
「好きだ!(※清々しいほどまでに、完)」って感じに、なりません???

私はそれをなんとか処理しようとするひとつの手段として、こうして懸命に外に吐き出すような感覚でひたすら文章を書いているんだけど、じゃあその先に何かあるのか?というと、
具体的には多分「何もない」が正しいのだ。
でも、それでいいし、それがいい。

見返りとか報酬とかそんなものはどうでもよくて、その情動が直接的には何も生み出さず、何の形にもならないのだとしても、
その人やコンテンツに対する「好きだ」という感情を、思うままに気の済む限り叫んでいたい。
ただただ、虚空に思いの丈をぶちまけていたい。
そしてなるべくなら、それができるだけキラキラしていてくれたら、たぶん一番嬉しい。
本当にバカのひとつ覚えのように心の底からこれしかできないんだけど、でもそれが、自分でも不思議なくらいにどうしようもなく、楽しい。
目的も理由もなく、ただ無駄とも言える勢いで湧いてしまうポジティブな感情の暴れ。その様子を体感していると、なんか「生きてる」って感じすら、します。


なんでかわからないけど、たいてい「好き」になりたての頃、なにかに出会って突き詰めていくときに、最終的にそういう感情になってしまうんですよね。
ここまで辿り着くと、もはや達成感すら出てくるというか。
また「好き」の登頂記録、新しく打ち立てちゃったな!みたいな。

ひとつ前の新しい登頂記録は、言わずもがな「はいからさんが通る」で柚香光さんに撃ち抜かれた2020年秋でございました。
はいからさんの前楽を見ようとしている東京宝塚劇場のロビーで、窓越しに晴れた青空を見上げていたら巨大感情がどうしようもなくなって、思い余ってツイートしたのがコレ↓でした。
そしてこれは宝塚を見ているタイミングのため、ちょっと人格がオタク<文学少女に寄っていますね。どういう説明だ。


もちろん、時間やプロセスの経過によって、変容していく「好き」のあり方も嫌いではないです。
積み重ねることでしか生まれないものも、見えてこないものも本当にたくさんあることは、身をもってよく知っている自負心はあるつもり。

だけど、いつの間にか芽生えてくるこだわりとか、理解が深まったことによるちょっとした執着とか。
周りの目をなんとなく気にしてしまう瞬間だったり、そこに付随してやって来る、時に避けがたい落ち込みだったり。

好きの度合いが高じることで発生してしまう、言ってしまえばある種雑音とも呼べそうな、
そういう周辺情報が追いつく前のタイミングにだけ。
一番最初に、純粋な事実のかたまりとしてどかんと胸のど真ん中やってくる、
「この感情にどこにも行き場なんてない、だけどそれがいいんだ」って事実を噛み締めるこのひととき。
そのかけがえのなさみたいなものを、今はひとりで気のすむまで味わっているところだったりします。


……いよいよ、こいつは一体なにを言ってるんだろう熱でもあるんじゃないのか?感がバリバリに出て参りましたが!
昨日ねじ込んだ乱舞祭の幕張公演で、またしても散々に打ちのめされて帰ってきたもので。
いや~好きだわ。こりゃあ、笑えるくらい好きだわ!だった。それがしんどすぎて、今は少しでも消化しようとこうしてブログを書いています……。気の毒である。
この先のことは、私にも全く!わからないです。とりあえず流れに身を任せておきます!*1

そしてもうひとつ、「好き」は増えるものである、っていうのも重要なポイントかなって思います。
単に「好き」ラインナップが自分の中でどんどん充実していくっていう、そういう感覚。
好きな人・もの・コンテンツのことは、私はいつだって誠意を込めて全力で好きです。ただそれだけ!


……この話を書くにあたり、ついでにこのブログの過去記事を振り返ってみたんですが、似たような話が散々書いてあったので笑ってしまいました。
1こだけ貼っておくと、自分でも書いたことを忘れていた2017年のだいぶ古い記事、読んで最終的に抱いた感想は「この人たいへんそうだなぁ」だった(※心の底から他人事になるな)。
幕末天狼傳初演が与えた衝撃の大きさに改めて怯えるなど。いやぁ、歴史……。
anagmaram.hatenablog.com
カテゴリー「うわごと」の中をさかのぼると似たような話がぽこぽこ出てきますので、面白がりたい方はどうぞ!笑
anagmaram.hatenablog.com


この行き場のない「好き」も、あと1週間ちょっとで終わりを告げるのかと思うとさみしさでどうにかなりそうになりますが、
とにかく余計なことは考えず!
今しかないこの瞬間を、愛おしんで楽しみ尽くして、全力で走り切るのみ!の勢いで、限界オタクスケジュールのラストスパートを激走しようと思います。
正直、この先10日弱の間に異種かけもち、かつ見る公演数が頭おかしいんですが、だって好きなもんは好きだし、好きな人・好きなコンテンツは全部大事なんだもん!
悔いを残してる暇も気を散らしている隙もないんだ!!!お前がいるから俺は行く!!!

*1:キャラクターとしての好きと、中の人としての好きって、似ているようで全く異なるお話なのですよね!これもまたたいそう奥が深い話で、、今日はこの先、とくに続きません。笑