10年続いたコンテンツが、あと2年でついに終わるらしい。
この発表を、もっと違う感情で迎えたかったなぁというのが真っ先に出た感想だった。
私の中ではやはりもうコンテンツとしての刀ミュを熱心に追う立場からはとっくに降りてしまった感覚が強くて、そうか終わるのかぁ、そりゃそうよね、くらいの受け止めになってしまった。
何がショックってその事実がいちばんショックなくらいである。
一番心が動いたのは加州清光をつとめるりゅうじくんのツイートだった。
やっぱり、私にとっての始まりの存在なので。初めての単騎出陣に本当に血道をあげてなんとか通ったので。
時間が経てば変わっていくものは当然あり、その変化を止められるはずなどはなくて、
変化が起きたその先にどうするのかは100%受け取り手側に、全て委ねられている。
自分の思うように、望む通りにコンテンツが道を進めていくとは限らず、
もしそこで理想が異なって行くのなら離れていくべきはこちらなのだ。
その気持ちがあるので、この3年くらいは本当にその通りの行動を取ってきた。
そうでもしなければ、あの時に心をきらめかせた大切な思い出までもが上書きされて、全て無かったことになりそうで怖かったから。
変わった先に文句を言うことは我慢できても、かつて語られた物語に遡っての意味合いの変質が公式で起こることはやはりどうにも受け入れ難い。
私は刀ミュの「物語」をこそ深く愛していたため、
同じひとたちによって紡がれる物語であるゆえに、過去の在り方や文脈が徐々に変質してしまっている事実をとても辛く感じています。
ずっと思っていることだけど、刀ミュに起きたことは例えるならば、
「原作者と作画担当が異なる大人気漫画連載シリーズがあった。ある日突然原作者が変更になると発表され、更にその理由は明かされない。それまでと全く同じ絵柄のまま、しかし語られる物語の中身はかなり変質した状態で連載は進行し続けている」
みたいな状況ではないだろうか。
今回迎える結末は当初目されたものでは当然ありようがなく、分岐した先の未来で迎えるラストシーンになる。
それを自分が実際に劇場で目にする選択をするのか、はたまたしないのか、今はまだ決めることはできない。
このようなことを書くと、明確に出演俳優を応援している立場としてはある意味石を投げているように捉える人もいるだろうことは容易に想像がつくため、本件にかんしては割と長いこと口を閉ざしてきた。
だけど、あの命を賭けて愛してきた「物語」を、観客として永遠に失ったことへの耐え難い喪失感は私だけのものなので。
真剣に向き合い続けてきた観客としての矜持でもあり、誠実さの表明でもある。というのは、伝わる人には伝わる感覚かもしれないと思う。
辛さの角度はだいぶ緩やかになったかもしれないけど、でもあの物語に出会えなくなったことで、観劇後に物語に関しての感想をまとまった文章として書く力もたぶん8割くらいは消えてしまった。また育てることはできるかもしれないけど。
私にとっては、それくらいに大きな出来事だった。
出演する役者さんをはじめ、関わるクリエイターに対して感謝と尊敬の念を抱きながら、
あの物語に途中でお別れを余儀なくされたことへの苦しさを表明することは、私の中では両立しうる。
なんかもう感情の行き場が見当たらず、どうにも辛くて吐き出さずにはおられなかったけど、
この記事は珍しく書いた後に消すかもしれない。