
ほっておくといつまでも煮込んで更新しなさそうなので今回はスピード重視で書きます!
前提としてこれを書いている人間のプロフィールを挙げておきます!
- ミュージカル「十二国記」主演・柚香光さんの(ライト目な)ファン
- もともと、原作小説が大好き
- 観劇生活たぶん13年目の舞台オタク
というラインナップ。
ここが重なっている奇跡に感謝!みたいな状態で解禁時にも記事を書いておりました。
……で、ですね。今回とりあえず感想を書いてみたところ「原作小説が大好きな立場での心の暴れ」しか現時点では出力できなかった!笑
なのでキャストの皆さんについての感想はまた改めて……!
- というわけで以下は主に原作ファン向けの感想となります。
- 十二国記知ってる人向けの説明なしの感想なのでその点かなり不親切です、すみません。
- 舞台化のされ方や話の筋に触れております。両面でのネタバレを含みますのでご注意ください!
ものすごく「原作」を丁寧に扱ったミュージカル化
とにかくこの一言に尽きる。あの物語の世界を愛してきた人が心揺さぶられる世界が、そこにある!
原作が好きな人間のひとりとして、観劇を通じて物語の世界、つまりは陽子の運命をそのまま追体験しているような感覚を味わいました。
舞台上に現れた陽子と一緒に、惑いもがき苦しみながら、ひたすらに前に向かって進んでいくような気持ち。
目の前で繰り広げられていく物語、その手触りや質感は、まさに「知っている」と言いたくなるものでした。
かつて文章を追って、自分の頭の中に立ち上げてきた異世界の空気感。舞台での世界をこの目では初めて見るはずなのに、でもどこか「知っている」と強く感じてしまう。
それくらいに忠実に、十二国記という物語の芯を捉えた作品作りがなされているように感じました。
演出も舞台美術も衣装も、とにかくクリエイティブの全てがぴったりと噛み合っていて、あの他にない十二国の世界を作り出しているんです。
そしてその手法がどこまでも演劇的なものであることにも、ものすごく感動しました。
たぶんあれが「モップ」と呼ばれるものなのだと思うのですが*1、舞台の天井から舞台の横幅いっぱいにつり下がる、とてつもなく長い玉すだれみたいな舞台装置がとにかく圧巻でした。
その上には映像を映すこともできるし(つまりスクリーンのように使える)、かと思えば役者がその間を簡単にくぐり抜けることもできる。
しかし同時にそのモップの奥を見透かすことはできないので、その<向こう側>と<こちら側>とで、明確に世界を区切ることが可能になっている。
あくまでも目に見える線を引くその物理的な存在感により、世界が隔たっていることを示しながらも、同時に向こう側からなにかが侵食して来る可能性も示唆できる……というあの仕組みが、十二国記の世界そのものの設定にものすごくフィットしていて。
言葉での説明がうまくできないんですけど!!!本当に見事なの。。
モップの上に「十二国記」という題字を投影しながら同時にモップ自体を回転させ、そしてその転換のビフォアフで舞台上にいる「中嶋陽子」が加藤梨里香さんから柚香光さんにバトンタッチしていたこと。この演出の素晴らしさたるや!?です。
陽子が自分の暮らしてきた世界から異世界へ連れ出されてしまったことを視覚から圧倒的な説得力で伝えてこられたので、本当に鳥肌が立ちました。
他にも、切り絵をベースとした妖魔の装置がモップの間を裂くようにして現れるのもものすごく不気味で恐ろしくて!
初日は二階席にいて全景が視界に収まることもあり迫力が半端なかったのですが、
反対にこれを一階前方で観ていたらどんな光景を味わえるのだろう……!?とワクワクして仕方なかった。それもめちゃくちゃに怖そう!体験したすぎる!
十二国記は異世界を扱ったファンタジーだからこそ、そのまま全てを舞台上に作り出すことは当たり前に不可能になるのですが、
その不可能を可能にしてしまえるのが舞台における数々のクリエイティブであり、そして観ている観客たちの想像力なのだ、ということを強く感じました。
両者が出会って初めて世界が完成する舞台の魔法、それによってもたらされる幸せを噛み締めました。
舞台として目指す高みと、実際に到達しているその完成度の高さが半端ではないと思います。
二人の陽子について
想像していた以上に陽子/ヨウコの二人は常に一緒。
陽子が十二国の世界にやってきて以降は基本的にほぼずっと舞台上に二人は揃っているのですが、そのことがもたらす効果が素晴らしかった。
物語の中で、陽子は自らの意志の力によって徐々に変化し、力強い成長を遂げていきますが、
元の世界から変わらない姿のままの陽子が居るからこそ、その成長がより胸に沁みるというか……
わたしは、わたしだ。に象徴されるように、陽子自身はずっと陽子なんだ、って思うのです。
住む世界から引き離されて孤独のどん底に突き落とされ、誰も頼るものが無い中で生き抜かなければならなくなった陽子。
裏切られることを繰り返して誰のことも信用できなくなった陽子。
その後再び他人の優しさに触れて、徐々に心を開くことができるようになった陽子。
そうして優しさを得ながらも自らの身に危険が及ぶことに怯え、恩人を見捨てるような行動を取り、悔いる陽子。
苦難の果てに思いもかけず知らされた自身の立場に戸惑い悩みながらも、自分の意志で王になると決めた陽子。
これらは全部、同じひとりの人間がたどった物語であり、彼女だけにしか紡げないもの。
自分が自分であることを力強く掴み取っていくその歩みの中で、日本にいた頃と姿かたちは変わっていても、その内側にはずっと同じ陽子がいる。
そして十二国の世界における本来の姿の、赤髪で緑の目の陽子だって、女子高生だった頃の陽子の中にきっと居たには違いなくて……
陽子を演じる加藤梨里香さんとヨウコを演じる柚香光さんが並び続ける光景。
それはまるで「どちらかが消えてしまってよいなんてことはなくて、わたしたちはあくまでも二人でひとりの陽子なんだ」と、こちらの五感に強く訴えかけてくるようで、本当に胸が熱くなりました。
一幕のラスト。「月の影 影の海」が好きな人の多くがきっと一番好きな言葉として挙げるのではないか、と思うあの陽子のモノローグ*2をセリフとしてれいちゃんが言うのを聞いた時、どうしようもなく涙が溢れました。
水禺刀が青猿の幻影を薙ぎ払ったあとに残された鞘、
それを背景に二人の陽子がかたく抱き合う光景で一幕は幕を下ろすのですが、
そんな……そんなことされたらもうこちらは、どうしたらいいんだ……!?という気持ちで、あり得ないぼったぼたの泣き顔で休憩を迎える羽目になりました。
初日を見終えた今、陽子ちゃんのことが、改めて大好き。とてつもなく愛おしい。
私の中ではやっぱり憧れの存在なのだなと思う。
観客としてこの世界に出会えたことに感謝しかなく、しかもその中心に大好きなれいちゃんが陽子として立っているなんて……まだ夢の中にいるようです。
*
舞台そのものへの感動と陽子ちゃんが好きすぎる気持ちだけで3000字になってしまった!
れいちゃんが陽子、という現実に正直頭がまだ追いついてなくて、「舞台に生きている陽子がいる!」しか書けなくなってます、これには自分でもびっくり。
景麒のことも楽俊のことも延王のことも書けてなくてすみません!それはまた追って必ず!!!