こたえなんていらないさ

舞台オタクの観劇感想その他もろもろブログです。

ファンレター・推しに書くお手紙について


今回のお題は「ファンレターについて」です。
ファンレター、お手紙。私は書くのが好きです。でしょうねぇ!?笑
こんだけブログで文章書き散らかしておいてお手紙は書きません!のほうがもはや違和感あるもんな。
書いてはみたけど、全体的にあまり参考とかには、ならない……。と感じました。笑

目次

1.意識していること

1-1.ポジティブなことだけ書く

あたりまえ体操が始まってしまった。でも基本中の基本だな~と思うわけです。
これもものっすごく昔にブログで書いた記憶があるんですが、手紙って究極の自己満足であり独り相撲だなと思うんですよね。
自分が書いたことがいつどのように相手に届くのかは一切わからないという前提。こちらが言いたいことだけを一方的に伝えてしまうフォーマット。
それらを理解した上で、どこまで相手のことを考えて言葉を選べるかの真剣勝負だと常々思ってて。

いつだって自分の中にある言いたさ・伝えたさがきっかけでペンを取るわけですけども、そうして手紙をしたためようとする動機の部分としては「少しでも元気が出ますように」とか「頑張って良かったと思えますように」みたいな、そういうポジティブなエネルギーがほんの1ミリでも生まれればいいなという気持ち、そこを絶対に大切にしたいなぁと思っています。
あなたのおかげで頑張れている、楽しい気持ちになれている、この作品のこんなところが素晴らしかった、感動した、ありがとう!みたいな内容だけをいつも伝えたいと思っている。

なのでこれも超当たり前ですが、いわゆるダメ出しとかそういうたぐいのことは、私は一切書かないです(そもそもする必要があると思ったこともないけども)。
だってファンってそういう役割ではないので……!ご本人たち、いやというほど稽古場などでダメ出しをされる機会があるはずなのよ。
すっごい昔だけど、それこそ井上芳雄さんがテレビのバラエティーで「ファンからダメ出しとか絶対にされたくない、怒られたくない!だって普段散々演出家に怒られてるんだから!」みたいなことを言っていたのが、かなり強烈に記憶に残っており。笑
あの芳雄さんクラスでそうなんだもの、芸事に励む世の人々皆んなそうに決まってるよねぇ、と思う。

1-2.「いつ読まれてもOK」の心構えで送る

自分が書いた手紙がいつ本人の手元に届くかは当然わからないので、いつ読まれてもOKなつもりで書くようにしています。当たり前に忙しいはずなので。
実際に読まれるのはもしかしたらある程度時間が経ってからになるかもしれないけど、もしそうだとしても、その瞬間にその作品について感じたことはフレッシュなうちに文字にしておきたいなと思うので、気にせず読める時に読んでね~の気持ちで書きます。
読めないときは読めないだろうし、読めるときは読んでるだろうし。くらいしか気にしてないというか……書いたことでいったん完結してしまう気持ちが強いかも。
変な意味ではなく、読まれるかどうかまで期待しないというか、書くことで多分満足しているフシがあります。
それと同時に、こちらが過剰に「読んでないだろう」と思うのもそれはそれで相手に失礼なように思うので、出したあとはもう、読める時があれば読んでくれるさ~!と思っておけば十分なんじゃないでしょうか。

「タイミングを気にしなくていい」のが手紙のいいところでもあると思うんですよね。
封を開くかどうかは相手に委ねられているといいますか、つまりは受け取り側の好きな時に読めるじゃないですか。
なので、仮にこちらが書いてから相手の手元に届くまでにそれなりの時間が経っているんだとしても、タイムカプセルっぽくて良いのでは?みたいな感覚があります。

1-3.郵送の場合、”手紙”としての最低限のルールを守る

これはもう世代?もあるかもなんだけど、当たり前に差出人としてのこちらの身元を明らかにするとかそういう部分ね!いわゆる信書のたぐいになるわけですし……

私は本名でしか手紙を出したこと無いんですけど(※別に本文での名乗りはハンドルネームでも問題ないと思います。私はそこも本名であるというだけ)、だとして最近は「個人情報だから、郵送する封筒に自分の氏名住所を書きたくない」みたいな話があるっぽい?というのをSNSで見かけて本気で「!?」になった。いやさ、それ宛先不備とかなにかあったときに郵便屋さんが困るからやめてあげて!?笑
差出人として名乗るのは当たり前の常識というかルールというかマナーというか……!?だと思ってたので、これ見かけた時は本気でびっくりして。
もはやこれは、ジェネレーションギャップというやつ??まぁ日常生活で手紙なんか普通出さんもんなー。

封筒で差出人の居所を名乗らないってそれはさ、ドラマとかに出てくる「姿をくらました父親が誕生日に手紙だけ送ってくるがどこに住んでいるかはわからない、頼りは消印だけ……」みたいな、そういうケースだけに起きるやつなんじゃないの!?!笑
”個人情報を悪用されたくない”的な意見があるみたいですが*1、いったい何を心配してるんだ。それはたぶん、SNSの偏った部分を見すぎだよ!!!笑

2.書き方

ノウハウとかじゃなく、ここも人によって違うよねと感じる部分について。

2-1.下書きする?

手紙の下書き、しない派なんです。
理由はいろいろあるんですが、一番でかいのは「何かを見ながら書く方が、文字を書き損じる確率が跳ね上がるから」。まじでびっくりするくらい字を間違える、なして?笑
なのでだいたい何を書くか決めてから、まっさらな便箋に向き合って一発書きです。
そして書き損じることも、実はほぼなくて……なんだろうね、気合い?
あまりにも!な書き損じをしてしまった時は、潔くその便箋まるごと書き直します。さっきから、解決方法が脳筋すぎん?笑

身のまわりの友人の話を聞いてても、私以外「下書き→清書するパターン」の人ばかりなので、多分下書きしないのは少数派なんじゃないかな。。?
でもそもそもだけど、私が仮にデジタルで手紙の下書きなんてしたら、それこそひどい字数になると思わん!?笑
手書きだと流石にそこまでの長文って書けないからさ。そういう意味でも下書き無し、ですね。なんかその場で出てくる感情のドライブ感を大事にしたい。
書きながら思考してるタイプなので、下書きしちゃうと言いたいことの鮮度が落ちちゃってうまくいかない、というのもあるかもしれない。
ちなみに字は全然綺麗じゃありません!涙 美文字では全く無いので、せめて丁寧に書こうと心がけています。。!
手書きってしんどくないか、みたいな話もありますが……これも、慣れてしまった。笑(解決方法がやはり、以下略)

2-2.レターセットどうしてる?

固定にしたうえで、封筒に賑やかしで貼るシールでほんのり変化をつけています。
固定にしてる一番の理由は、レターセットってきっちり使い切るのが困難なため……!
あのパックになってる便箋と封筒の枚数のバランスってさ、やりくりがかなり難しくない???
1枚だけの便箋と数枚の封筒、みたいな状態のものが大量に残りがちですよね。
なので超シンプルデザインの封筒+便箋のセットをずっと固定で使ってるなぁ。「同じやつ買い足せば無限に使えるな?」ってある時気づいて。まぁ当然、封筒が余りまくってるんですけど!笑
封筒や便箋の自作も素敵だな~と思いますし紙製品全般が大好きなので憧れなくはないですが、自分にとっての気軽さも叶うラインとしては今のやり方がちょうどよい。
切手はシールタイプを使ってます!楽なので!楽とか言うな!すみません!でもせっかくシールタイプ使ってたのに10月以降、差額切手が必要になってたいへん!
作品にあわせてレターセットの外見を変える系の情緒は、実は意外に(?)全くないタイプです。。笑

2-3.どれくらい書く?

長さについてはまちまちですが、長くなりすぎないようにはこれでも!いちおう!気をつけているつもり……!なにかにつけ「長文」を錬成しがちな自覚があるからこそ!
なんかさ、自分がああいう立場で手紙をもらうことって一生ないから難しすぎる。
もらう側の気持ちって想像することしかできないし、そもそもどれくらい文章を読むのが好き・得意なのかも個人差がありすぎるから、本当にわからないな~って思うんですよ。想像することしかできない、本当に。
私は明らかに活字中毒気味だから読むものにボリュームがあっても全く苦にならないんだけど、そうじゃない人のほうが世の中的には多いはずだし。
ブログが長文なのはいいんです。私が私のために書いているので!
そうではなくて手紙の場合は100%相手のために書く文章であり全然話が違うので、言葉遣いだったりなんだったりはまた別のモードを自分の中にインストールして書いてるなと感じます。
長く書くことに満足とかは絶対にしたくないっていうか。。レトリックに腐心しすぎるのも手紙だと違うと思うというか……とにかく、貰う側のことを考えて書いていたい。
なんかね~しんどくなくさっと読めて「中身はそんなよく覚えてないけどなんかいっぱい褒められてた!よーし元気でた!」みたいなやつが理想なの。。
いい意味で残らないものが書きたいというか……読むのにエネルギーを遣わなくていい手紙を、書きたい。

頻度については、たぶん高い方。具体的には恥ずかしいのですみません伏せます!笑
気軽に切手貼ってぽんぽん郵送しちゃう。

2-4.自分の話する?

これはね、昔から全然できない。笑
なんかたいてい「それどころじゃねえ」となっているため(伝えたい感想がありすぎる)。自分の話などするスペースは、無い!になる。
推し(りょうがくん)がいつだったかのFC配信で「もっとみんなのことも知りたい」みたいなことを口走っていたとき(※言い方)、「そ、そうなのか……」と思い頑張って多少は書いてみようとしたけど、ただの情報の羅列になってしまったため、自分には向いてないなと思い潔くやめました。笑
多分さ、面白い感じでくすっと笑える日常エピとかを上手に織り込める人もいるんだよ~!私にはそういうのまじで、できない!笑
どういう人が自分のファンで居てくれてるのか?みたいなところは、たしかに知りたい部分ももらう側の人によってはあるのかなーとは思うんですけども。
もちろんいっちばん最初にどういう人間かの属性?てきなことは最低限の自己紹介として書いてるけど!

なんか、書いているのが自分であるかどうか、という点より、言葉としてどうか、という方がどうしても気になるんですよね。
これもなかなか頭のおかしい感覚なんですけど、私は自分より言葉のほうを上位存在だと捉えているので……(なにか怖い話はじまってる?)
うまく言えないのですが、”発言者”が誰であるかに関係なく、誰かのために心を込めて遣われた言葉そのものには絶対的なプラスの力があると信じているので。そこが回り回って、自分のことがどうでもよくなる感じ、と言ったらいい……?ポジティブなものが届けば別にそれを書いているのが誰であれ……みたいな……やっぱりそこはかとなく怖い上に、この話全般的に伝わらなさすぎじゃない?大丈夫!?
言葉や文章に関しての私のこのへんの感覚は多分だいぶバグってるので(身内にも引かれるレベル)、こまかいことはあまり気にしないでください!
とにかく私は言葉そのものがすごく好きなんですよ。。そうじゃなきゃ、こんな気狂いのアドベントカレンダー、やらないよな。笑


そして今回は「おたよりフォーム」なるものを設けさせていただいているので”書いてもらったものを受け取る側”の体験をほんのりとしているのですけど、
当たり前にすげ~嬉しいです。励まされるしありがたいな!としみじみ思ってます!そのあたりは最後に振り返る時などに改めて。
感想を入れてくださる方、本当にありがとうございます!
そして”お手紙”もいいけど、「おたより」という和語の柔らかさが、とても好き。


以上、あなぐまアドベントカレンダー2024の19記事目「ファンレターについて」でした。
明日更新予定のお題は「ピアノを弾いていた頃の思い出」です。(こちらはお題が足りなくて先日急きょ追加募集した中から決めたもの。)お楽しみに!

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*1:犯罪を犯してしまった人がいてその人が自分に手紙を書いてほしいとファンに呼びかけていたため個人情報の処遇が不安である、という事例のことは認識したうえで言ってます。しかしそのあまりにも極端な例のn=1を以て「ファンレターに自分の氏名住所を書くべきではない」という結論に帰着するのは、流石にやりすぎだと思うので落ち着いてほしい。