こたえなんていらないさ

ぼくらは自由だ。刀ミュは奇跡だ。佐藤清光推してます。

刀ミュ ~結びの響、始まりの音~ (むすはじ/むすびね/結び音) 巴形薙刀と時間遡行軍に関する考察

刀ミュ「~結びの響、始まりの音~」も、ついに明日が大千秋楽。今回は50公演あって長いと思ってたのに…早いね!

終わるときって、あっけないんだね…(やめろ)

そして略称がけっきょくどれがメジャーなのかわからないまま来てしまいましたけど、やっぱ「むすはじ」なんですかね?

私も最初はそうかなって思ってたんだけど、「音」を「おと」じゃなく「ね」って読むって知ってから「じゃあ”むすびね”でよくね!?」となっておりますが、…皆さんはどれを採用していますか?笑

前回の初回観劇後の記事 では、とにかく幕末天狼傳ロスが大爆発したそのさまを叩きつけることしかできなかったので(下記リンク参照)、

anagmaram.hatenablog.com

今回は話の本筋に近いかなと思われる部分についての感想?考察?のようなものを、書いてみたいなと思います。

 

 

今回、私が結び音のストーリーのキーだと思っているのは、巴形薙刀という存在です。

単体では逸話を持たない、巴形という形の薙刀の集合体として顕現した刀剣男士。

刀ミュの展開はゲームの展開と足並みをそろえることを意識しているように思っているんですが、七十振りを超えた刀剣男士の中で、あえて今巴形がラインナップされたことには、きっと意味があるんだろうなと感じていました。

 

今回、劇中で巴はいくつか決定的な言葉を発しますが、その一つが

「時間遡行軍。あれは、物語を持たない刀たちの成れの果てなのではないか。だとしたら…」

というもの。

初日に観たときは本当にびっくりして「!?」となりました(が、幕末天狼傳ロスで、その後それどころではなくなっていた)。

恐らくみんながなんとなく感じていた内容を、そんなふうに明確に言葉にしちゃうのが意外すぎて。ずいぶんと思いきったことをするなー!?って思ったんですよね。

 

この巴の投げかけは、わからないけど、ゲームの根幹設定にもかかわってくる、とても明確な示唆だと思うんですよね。

そこで、仮に、巴の言う通り、時間遡行軍が「物語を持たない刀たちの成れの果て」だとすると、何が言えるのか…ということを自分なりに考えてみました。

 

1.何が刀剣男士の条件なのか

巴形薙刀は、自らを「補充戦力」と称します。

隊長に任命されると「主、それほどまでに追い詰められているのか」と言ったりもします。

この「補充戦力」という表現がどうにも引っかかっていたのですけれど、つまり巴は自分のことを「仲間である他の刀剣男士とは違う存在」だということを言いたいのかな、と思ったんですよね。

他の男士とは違っているからこそ、彼が「補充戦力」になり得るのではないか、という発想です。

 

では、巴が他の刀剣男士と異なっていることとは…それはもう自明ですが「逸話を持たないこと」。それ以外にないでしょう。

 

つまり、本来刀剣男士を刀剣男士たらしめている条件とは「強固な逸話を持っていること」になるのではないか、と思ったんです。

逸話がある、ということは、その刀には、元の主たちと辿ってきた道筋があるということ。

それはすなわち、そのまま「歴史」ということにならないでしょうか。

つまり、逸話を持っている男士たちは、自分たちの内面に、元の主との思い出、記憶=歴史を守ろうという、モチベーションを持っているといえるのではないかと思ったんです。

逸話がなければ、その歴史を守るという強い動機付けも、生まれえないのではないかと。

 

そしてその「逸話」が、事実であるかそうないかという点は、恐らく重要ではないようです。

現に、前作の「つはものどもがゆめのあと」では、岩融と今剣が、この世に実在したことのない刀である、ということがはっきりと明言されました。

しかし、彼らの刀剣男士としての存在が揺らぐことは一切なく、

実際に岩融は、自らの非実在を認めたあとでもなお「この俺の記憶だけは、誰にも奪えない!」と堂々と言っています。

つまり、それが事実であるかどうかに関係なく、歴史の中で語り継がれてきた「強固な逸話」があることにより、刀剣男士は顕現しうるし、その存在を持続しうる、ということになります。

 

ゲーム説明では、歴史上の「名刀」が刀剣男士になって歴史修正主義者と戦う、という設定だけれど、

名刀ということはつまり、「逸話」を多数持つ刀たちの集まりに他ならないともいえるのではないでしょうか。

そういった背景を持たずに顕現してきた巴は、劇中で何度も「物語」という言葉を使い、自らと周囲の刀剣男士との違いを確認するように振舞っていました。

そして彼のその違いこそが、最初に述べたとおり、彼が「補充戦力」たる所以なのだろうと思ったんです。

 

2.補充戦力の役目、とは

では、実際のところ、逸話を持たない巴が補充戦力となる理由とはいったいなんなのでしょうか。

ここでもう一度、時間遡行軍が「逸話を持たない刀たちの成れの果て」だという前提に立ち返ります。

逸話を持たない刀、の特徴をとらえているのではないかと感じたのが、今回の劇中の巴のソロでした。

あらゆる時 あらゆるところに 逸話を持たぬ刀 薙刀

っていう歌詞があるんです。

そのあとが5回見てなおうろ覚えなんですけど「行くべき場所もなく(このあと忘れた)彷徨い ただよい 溶け合うだけ」だったと思う…。明日確認してこよう…笑(←しました)

 

この巴のソロからヒントを得ると、名もなき刀・逸話なき刀、については

  • おそらく日本の過去の歴史の中には、何百万をくだらない数、本当に大量の名もなき刀が存在したはず。
  • 日本刀は武器として形が完成された奈良末期・平安初期~江戸時代の終わりまで、約1000年の長きにわたり存在し続けた。
  • (日本の中だけで見ると)おそらく全国、どの土地にもあまねく存在していた。

という風にとらえることができそうです。

 

そう、日本刀が存在した時代に限って言えば、ほんとうにいつ、どこにいっても、おびただしい数の刀が存在したはず。

そこでふと思ったのですが、つまり、刀という存在に先に着目したのは、歴史修正主義者だったんじゃないでしょうか…?

「いつ/どこにでも存在しうる」「名もなき刀」を、そのまま戦力として取り込むことができたなら、それは数の上ではものすごく有利なんじゃないかなって。雨後の筍のごとくいくらでも湧き出しうる、無限に補充できる戦力なのではないかなと…。

そこに着目して、歴史修正主義者は名もなき刀たちを時間遡行軍に変えていったのではないでしょうか。

そしてそれに対抗するために、審神者の霊力で「強固な逸話を持つ」刀が、刀剣男士として顕現させられたのではないでしょうか?

 

さらに、逸話を持たない刀たちは、おそらく「今の歴史に名を残さなかった」から、ある意味逆説的にですが「今の歴史に執着しない」という特徴があるといえるのでは、とも考えました。

彼らはそうした「操りやすい」という意味でも、歴史修正主義者から見たときに、歴史改変の戦力になりうる存在なのではないでしょうか。

そして時間遡行軍は自身の意思を持たないからこそ、外から束ねられやすくもあり、また一個体としての力は決して強いものとは言えないのではないか、という風にも考えました。つまり、使い捨てられる、数の理論でもって戦力とされている存在かな、と。

 

一方で、刀剣男士には、それぞれの元の主たちとの思い出=逸話=守るべき歴史があります。

今の主である審神者の命はさることながら、自らの意志でもって、元の主たちの道筋をあるべき姿にとどめよう、守ろうとする、そのモチベーションが彼らにはある。

それがそのまま、戦力としてみたときの、彼らの強さの源泉にもなっているのかと思ったんです。

 

…文章でうまく説明ができなくなってきたのでパワポにまとめた。突然。

今までがこんな感じだったのかなって。

 

f:id:anagmaram:20180505170837j:plain

 

しかし、そこに新たな勢力(と言っていいほどの数がいるかは不明ですが)が台頭します。

今回の「名もなき刀たちの成れの果て」発言と同じように劇中でかなり衝撃的だった展開、

そう、土方歳三の元へ、人間になりすまして潜入してきた時間遡行軍、三振りの存在です。

彼らは入隊志願者として会津までやってきた後、実際に入隊を許され、以降、土方さんの傍で忠実に仕えます。

かっぽれのシーンではお酒を勧められるがままに飲み、結果お代わりを所望したり、ほかの隊士たちと一緒になって踊ったり、函館戦争では土方さんを守って自らの身を投げ出して銃に撃たれるなど、およそこれまでの時間遡行軍とは趣の違った存在である様子がうかがえます。

 

なぜ時間遡行軍たちが、わざわざ人間のふりなどして土方歳三に近づくのか、という疑問に端を発し、

今回の歴史修正主義者の目的が「土方歳三を殺すことではなく、生かすことだ」と気づいた刀剣男士たちは、みな一様に動揺します。

とくに安定は、幕末天狼傳の際に自身が新選組に人間のふりをして潜入したことが、今回の事態の引き金になったのではないかと危惧したりもします。

しかし、時間遡行軍と同じく物語を持たぬ者である巴は、単なる作戦上の都合で、彼ら三振りが土方さんのもとへやってきたわけではないことに、最終的に気づくのでした。

この特殊な三振りのこと、説明しづらいので劇中にならって以下「犬・猫・蝸牛」と呼びますね。

 

土方歳三の命日であるその日、函館の地で犬・猫・蝸牛に相対した巴は、彼らに引導を渡す役割を担います。

「ずっと、考えていた。なぜお前たちが、土方歳三を選んだのか。…だが、ようやくわかった。俺も、物語なき者だからな」

「刀の時代の終わりを背負った彼の傍で共に生き、共に死にたい、そう願ったからではなかったか」

巴は彼らにそう告げながら、ある種残酷なまでに、正確無比に彼らを倒してゆきます。

そして最後にどこか優しいともいえる仕草で、命を終えた三振りをひとところに寄り添わせ、「良かったな。…物語に出会えて」と言い、その場を立ち去るのです。

犬・猫・蝸牛は、「命の使い道」を探していた土方さんと共に、自分たちも同じように散るという願いを果たし、物語を手に入れることが出来たのでした…。

 

ここで、背景に流れている音楽がですね。あろうことか!幕末天狼傳のサントラをお持ちの方はわかるとおり「Theme of Shinsen-gumi」なんですよ…!

土方さん本人のラストのシーンではなく、土方さんと共に生きたいと願った時間遡行軍の最期にこの曲を合わせてくるっていうのが、なんかもう…

これ、はなむけの意味もあったのかなって思ったんですよ。。

あまりにも歴史上に強固な物語を残した「新選組」という存在、それを刀ミュの世界の中で象徴している曲でもって、この時間遡行軍の終わりを描くっていうのが、ある意味ものすごく粋なはからいといいますか…。このシーン、何度見ていても曲のせいでめちゃくちゃに泣かされてしまいます…

だって巴が立ち去る直前のところなんてさ、さらにピアノバージョンのTheme of Shinsen-gumiになってまして…咳き込む沖田くんを見てうつむく安定に手を差し伸べようとして清光がやめるときのあのメロディーなんですよ、そんなの無理~~!

…ってまた話がロスおばけの暴走にとびそうなので、この話はいったんここで終えて。

 

話を戻しまして、巴が補充戦力たるゆえんは、こういうことかなって。

 

f:id:anagmaram:20180505170851j:plain

 

逸話を持たない薙刀の集合体として、巴が顕現できたのは、それはひとえに審神者の霊力によるものなのかと思われます。

逸話を持たない刀にも、力を与えることができるのが審神者で、それができないのが歴史修正主義者なのかな、という理解です。

今回の戦いに限っていえば、犬・猫・蝸牛を倒すことは、戦力的には巴抜きでも可能だったことでしょう。この三振りが、飛びぬけて強い様子は、戦闘シーンを見ていてもとくにうかがえませんでしたし。

しかし、巴が自身で述べるように、物語を持たない巴でなければ気づけない部分が、おそらく今後の戦いの中で出てくる、という示唆だったのではないかと思います。

なので巴のことはどちらかというと、今後の刀剣男士たちの戦いの、精神面の在り方を支える存在なのかな?という風にとらえています。

 

また、物語を持ちたいと願う時間遡行軍はおそらく変異種のようなもので、多数ではないとも想像しています。

土方歳三を生かすことで歴史改変を行おうというのは、今回の歴史修正主義者側の作戦としてはおそらく元々あったもので、その内容に触発されて、犬・猫・蝸牛は土方さんの元へ行きたいと願うようになったのかなと。

彼らのような変化が、時間の経過によるものなのか、理由は具体的にはわかりませんが、

時間遡行軍にも命や心がある、おそらく刀剣男士とは根を同一にした存在であるということ、その事実に刀剣男士たちが気づけなければ、この先の戦いがより厳しいものになってしまう、という意味での「補充戦力」が巴なのではないかな、と今は結論づけています。

うまく言えないんだけど、相手も一枚岩ではないかもしれない、こちらが予想し得ない行動原理で動いている敵が現れるかもしれない、というときに、

それを察知して対抗できる存在、という意味での補充戦力。

そしてさっきは時間遡行軍について「意思を持たない」って敢えて書いたけど、実はそうじゃないかもよってことも、今回のストーリーで明らかにされたのかな、と思いました。

そうなるとね、刀剣男士と時間遡行軍の相似性、ってところに今後の話が向かっていかざるを得ないような気がするんだけど、ほんとどうなんでしょう…!

検非違使のこともあるしなぁ…。

 

でも、時間遡行軍にも「命がある」っていうのは今回むっちゃんのセリフだったことを考えると、

スタンスによっては、そのあたりになんとなく気づいている男士もいるってことなのかな…と思ったりしつつ…いやむっちゃんはあくまでも命の有無に着目しただけなのかな~!?

むっちゃんのキャラクターへの理解が足りなさ過ぎて、わたしは彼が時間遡行軍にとどめをささない理由がうまく自分の言葉でまだ語れないんだよね…。

そのあたりはむっちゃん推しの方の理解を聞いてみたいところです。

 

成り立ちに着目すると、ともすれば危うい存在にもなりえる巴ですが、そこに対する心配は解消されて物語は終わりを迎えます。

 巴は、今回のキーになっている「時間遡行軍。あれは、物語を持たない刀たちの成れの果てなのではないか。だとしたら…」のセリフの最後、自らの腕をさすっているんですよね。

なので彼は自らの在り方に、最初は多少なりとも不安を抱えていたのかなとも思うのですが、

出陣を終えたあとは穏やかな様子で、自身の刀剣男士としての成長を実感しているように見えました。

巴は「自分には物語が欠けていると思っていた。その思いは今もどこかに残っている。だが、欠けているのは俺だけではない、皆どこかが欠けている。…大切なのは、欠けていることをわかったうえで、その先へ一歩を踏み出そうとすることだ。…それを彼らから学んだ」と言い、

「物語なきも、また物語なり。主、これからもよろしく頼む」と、自信にあふれた落ち着いた物腰で告げて、主の元を辞していきます。

物語なきもまた、物語。って巴が言い切ることができたのは、今回の出陣の中で、いろんな形でぶつかったり迷ったりを繰り返しながらも、前に進む仲間たちとともに時間を過ごすことが出来たから。

物であった刀剣男士たちが、人の身と同時に得た「心」という存在を、丁寧に育んであげられるかどうかが、おそらく本丸の運営上は非常に重要な鍵になっているんだろうなと…

ミュ審神者はときに荒療治がすぎるけど(みほとせ参照)、このあたりがものすごく得意なんだろうな、と思ったりしました。

なんていうのかな、仲間同士の信頼をとても大事にしている気がする。

仲良しこよししなくったって敵とは戦えらぁ!なんだけど、彼らはちゃんと、お互いを信頼し合うことはできるんだよね。

だから見ていてミュのストーリーにはいつも引き込まれるんだと個人的には思っています。

  

 

こうして書いてみると、別になんちゃないというか、まぁそりゃそうだよねというか。。目新しい考察ではとくにないんだろうなとは思うのですが、

ミュの展開としてここまで踏み込んで来たからには、こちらの理解もそこまで追い付かせないとな!と思い、自分の今の考えをまとめてみた次第です。

あとは、今後の展開という意味でいくと「ミュにおける極実装」問題もあるよね…!

らぶフェスは置いておいて、修行に旅立った刀剣男士が今後仮に公演本編に出てくることがあるとしたら、それはもう極の姿を覚悟してね、ってことですよね…。

まさか一気に四振り行っちゃうとは思わなかったしなぁ。。

そして清光とはっちが冒頭で本丸を不在にしている理由が、単なる長期遠征なのか…それとも初期刀だけど、実は先に修行に行ってるんだとしたら…等のいろんな疑問が沸き上がってしまいます。

なんとなく、集大成のような位置づけで今作が描かれたような気もしていて。。

刀ミュ、扱ってきた時代としては、5作品でまだ3つしかないんですよね。源平合戦の時代を2回、幕末を2回。

1年に2つの新作を上演するというペースが今年も変わらないとすると、

もしや次は、みほとせにつながるお話のターンなのかな!?って思うんですけど…どうなんだろう!?

それも明日の楽サプライズで明らかになりますかね…。毎度恒例心臓に悪いアレですが。。何を予想してもこちらの想像なんて超えてくるのが刀ミュくんなので、もう諦めて受け入れるしかないんだと思いつつ。笑

 

最後に余計なぼやきも書いちゃいましたが、ひとまずこの記事はここでおしまいにします。あと今更ですけどセリフそのほかの間違いは大目にみてください!(なんせ観ながらずっと泣いているので…笑)

読んでくださってありがとうございました!

明日はラスト観劇楽しんできます~!

刀ミュ ~結びの響、始まりの音~ 3/24初日観劇後の感想(ネタバレです!!!)

ミュージカル刀剣乱舞「~結びの響、始まりの音~」初日あきましたね!

初日を見てきて一夜明けまして…初回観劇の感想を、今回も残そうと思います。

そしてこれは人によるのかもしれないけど、私にとってはこれまでの刀ミュ作品の中で一番ネタバレセンシティブ!って感じだったので、なんにも知りたくない人は絶対に読まないでくださいね!すでに見た方orむしろ何がおこってるのか知ってから見たいタイプの方だけ読んでくださいね~!?頼むぞ!

あと長文になるくせに、どうしても項目にわけて評論チックに書くことができないんですよね(できないというか構成する気力がなくてサボってる)。

なので毎度のことながら読みづらいと思いますが、それでもかまわない方はどうぞ~!

 

 

 

 

わたしは自分のことを「幕末天狼傳ロスおばけ」って呼びならわしているんですが、それくらい幕末天狼傳が特別な存在になり果ててしまっている自分にとって、今回の作品は、始まる前から「近づくのが怖い」存在でした。

なぜなら、作品内で描かれる時間軸が、幕末の最期の時期であるということ、つまりそのまま「幕末天狼傳のすぐ「あと」の話」であることが、容易に予想され得たから。

刀剣男士のラインナップやタイトル、そして近藤さん、沖田くんを失った、土方さんしかいない新選組というところからも、それは本当にわかりきってることだなと思ってました。

でもそうはいうものの、いつものことながら刀ミュの新作ストーリーに関して事前にわかることなんて何ひとつないので、イマイチ覚悟がしきれないまま、もうふわ~っと初日の劇場に行ってしまったんだけど…。

これもまた、心底愛してしまったつはものもまだ終わって二か月とかだし、青年館に足を踏み入れても、あれ?これから自分はつはものを見るんじゃないのか?って混乱したくらいで。

 

でもね、あのね…

今回のストーリー、幕末天狼傳のあとの時代の話、なんて、生易しいもんじゃなかった。単なる続きでしか、なかった。

幕末天狼傳に愛を傾けていた人は、劇場で大変な目にあいます。これはマジで。ガチで。

客席の動揺、見ていてもはんぱじゃなかったよ…

なので今回の感想記事は「幕末天狼傳ロスおばけが見たらこうなった」っていうのがメインです。もっと全体を作品として俯瞰してみたときに言うべきこともあるし、自分でも言いたいことはもちろんちゃんとあるんだけど、でもとりあえず幕末天狼傳に端を発するこの動揺と涙の記録を吐き出さないと、先に進めないんです。。

たぶんね、この作品、幕末天狼傳を通っているか通ってないかで、受ける印象があまりにも違ってしまう可能性もあって…。

とりあえずそこの部分だけにしぼってまず書きたいです!なので話の構成の考察とか全くしてません、そんな余裕があってたまるか状態なんですよまじで。笑

終始泣きすぎてボロボロで、記憶がふっとんだりめちゃくちゃになってるんですけど、感情のあらぶりだけでも残しておければなと思います。。いつも言うけど初回の感想は、初回にしか書けないからね!(時間軸やセリフの間違いは初回なんで許してください~!)

 

 

今回の作品は、近江屋事件から始まりました。

同志と鍋をつついていたところを急襲され、刃に倒れた坂本龍馬。しかしそこへ時間遡行軍は現れず、出陣していた巴形薙刀和泉守兼定、そして陸奥守吉行の3人は戦うことなく帰還する、というシーンなのですが、元の主の死を目の前にしたのにとても淡々としているむっちゃんと、それに対して納得のいかない兼さん、という対照的なふたりの描かれ方を導入として、物語がスタートします。

そしてすぐに場面は本丸へと変わり、初めての出陣を終えた感想を主に問われた巴形が、傍づかえの方が向いていると思うのだが…等の答えをしてみせるのですが、そのあとに。

 

「お手合わせ、おねがいしまぁす!」

「あぁ、殺してやるよ、子猫ちゃん!」

「よーし…はじめッ!」

 

そねさんの仕切りで手合わせをする堀川くんと安定、というシーンになりまして…まずここでもう、ガン泣きした。いや、いくらなんでも早い。

なんていうか、頭がくらくらしました…。

久しぶりに、目の前で動いている安定を見たら勝手に涙が出てきたし(だってなんと上海公演ぶり)、そして堀川くんが堀川くんだけど新しい堀川くんで、あれ?でもやっぱり堀川くんで、あれ???って混乱しきってしまい、どうしたらいいのかわからなくなった。

そしてそねさんは「相棒がいないと二人ともさみしいんじゃないのか?」とか、とんでもないことを言い始めて、そこからの3人の会話がまたいろんな爆弾をどんどん放り込んでくる感じで…

この調子で泣いてたらわたしおかしくなるんじゃないか?と思った。

しかし、最初の客席での本格的な死は、その後開始10分~15分後?くらいで訪れました。

 

江戸から逃れ、戦いを続けて北上する土方さんが、会津で星空を見上げるシーンが、それくらいのタイミングでやってくるんです。

もちろん土方さんの姿を見ただけで「ウゥッ…」ってすでに泣けてるんですけど、

星空を見上げながら、「あの星は…見えねぇか」みたいなことをだな、土方さんが、言うんですよッ…!

あの星…それは、てんろーせーーーー!!!!涙 ってなりますでしょ当然!幕末天狼傳のおたくは!!

でもねそれに飽き足らずね…

あろうことか…Siriusを、使いやがったんですよ…(※言い方)

 

そう、あの曲。天狼星を、近藤さん土方さんや、刀剣男士たちが見上げるときに背景で流れていた、あのピアノのメロディを。そのまま!!!!今回!!!!使ってきてて!!!!!

メロディが流れ始めた瞬間、壊れたようにすごい勢いで泣き始めたお客さんがたくさんいた。もちろん私もその一人だった。

もう聞こえてきたとき、時間がぎゅうっと巻き戻されたような、今自分がいるのが2016年の秋のアイアなんじゃないかと思えてくるような、本気で錯覚するような感覚に陥るとともに、説明のつかない奔流のような涙があふれでました。

(そしてここまで書いたんだけどSiriusが初めて流れるのがこのシーンだったのか自信がなくなってきた、すみません。なんせ泣きすぎてて…、でもSiriusは劇中3回くらい、いやもっとか?使われてたはずです。)

 

からのさぁ、ここのシーンさぁ…。

ここは、宇都宮城の戦いの後、土方さんの足のケガを心配する島田さんと、土方さんが二人で会話するシーンだったのですが、そこに京都に密かに潜入していた中島登が意気消沈した様子で帰ってきます。

中島くんは、捕縛された局長を救い出すことは叶わず、申し訳ございません、と震える声で告げます。

さらにその後板橋で近藤さんが処刑され、その首が三条河原で晒されたこと、そしてそのすぐ後に沖田くんも亡くなったことを、土方さんに伝えるんだけど。

近藤さんの死を知った土方さんの、胸を突かれたような表情、そして「総司も、逝っちまったか」っていう、穏やかなつぶやき…。もう客席では当然、これだけでもすでにぐしゃぐしゃに泣いてるんですが、そこから中島くんが、とんでもないことを…。

「腹を斬ろうとも思いました、が、どうしても…もう一度、土方さんに会わせたくて…」

って…。肩から降ろした包みの中から…

まさか?とは思ったんだけど。

なんと、近藤さんの、首を。取り出してみせたんです。

 

もうこの時の自分の感情を言い表せる語彙がないけど、めっちゃくちゃに泣いた。そして同時に、ものすごい鳥肌が立った。

だって、思い出してほしい、らぶフェス2017を。

三日月宗近が語った話は、三条大橋にまつわる新選組の逸話、でした。

「三条河原に晒された近藤勇の首は、いつの間にかなくなっていたという。誰が持ち去ったのかは、今でも定かではない。一体誰が、持ち去ったんだろうなぁ。」って。穏やかに微笑みながら、あの人言っていましたよね。

…それを、ここで、つなげてきたのかよーーー!?って、してやられたっていうか、もう「やっぱ刀ミュ、怖い」って思いました。

やー、らぶフェスで三日月がなんでよりによって新選組の話を語るのかなって、なんとなく違和感あったんですよ。いやもちろん、幕末組の曲につなげる必要はあるにせよさ。

そこでわざわざ近藤勇の首の話をするのがちょっと引っかかりがあって。まぁたしかに、さらし首がいつの間にか消えてしまった話は怪談になるか、とは思っていたものの…

まさか、次の作品への橋渡しの一つだったなんてね。。思わないよね…。

刀ミュ、というか、御笠ノさんが、本気で怖い!!!

近藤さんの首をそっとだきしめ「カッちゃん…こんなにちいさくなっちまってよォー!!!」って泣き叫ぶ土方さん…いや、そんなの見せられるのとか、無理に決まってませんか…?もう書いててもまた涙出てきた。まじでくるしい。

なんかここで「これは本当にダメだ、幕末天狼傳とガチでつながっている話だ、これはわたし、助からない」って思いました。そしてその予感は正しかったです。

 

だってね。音楽の話をしますと、Siriusのほかにもね…どっちかちゃんと判別できてないけど、Theme of Shinsen-gumiか、See you againのどっちか(もしくは両方)も、使われていまして…。(この2曲、要はアレンジ違いな部分あるよね。)駆けてゆく土方さんの背景に流されたりするの…。

音楽って、においと一緒で記憶にダイレクトに結びつきますよね。耳に届いた瞬間に、体が勝手に反応してしまうっていうか。ほら、学生時代の特定の時期と結びついてる曲を聴くと、一気に思い出がよみがえったり、当時の気持ちを思い出したりするじゃないですか。。

その現象が、劇中でなんども起こるんです。もうね~~~。うれしいんだけど、いやもちろん、嬉しいんだけど!ほんとーーーに、心底しんどかった…!

2016年の秋、真剣捨て身の心で、胸躍らせて乱世を駆けてたあの頃の気持ちが、ぎゅう~~!って呼び覚まされてしまって…どうしたらいいかわからなかった。

自分の中で、まだロスがここまでなまものだったとは…って思い知らされて。

なんで私、こんなに幕末天狼傳が好きなんだろう…

 

ロスポイントの話を引き続きします。

今作でも、主に呼ばれて部隊が編成されるおなじみのシーンがあるんですけども、その最初の4人が、幕末組なわけですよ。。

「俺の働きを見せよう!」とか「出番だね、了解!」とか…それぞれの編成セリフとともに舞台上に現れるだけで、どうしても涙。とまらない涙。

そして4人目までが呼ばれたところで、安定が「この編成ってことは…」みたいなことを言うんですね。ちょっとわくわくしたような、期待をしてるような表情をしてるんですけど、でも今回その後呼び出されるのは、巴形とむっちゃんの二人。

それを受けた安定、どことなくしゅん、とした雰囲気になってて…。そうだね!?清光と一緒かなって、思ったよねーーー!!!えーーーーん!!!!涙

もう、この感情をどう処理したらいいんだろうねぇ!??

 

ここからはおなじみの「刀剣乱舞」に行くんですが、ちょっとあまりにも泣いていたので、いつもは覚えている振付の特徴とかが、まったく頭に残っていません。重症…

作品ごとに違う刀剣乱舞の振付みるの、すごくすごく好きなのに、それすら意識にとどめられないくらいの状態になってた。

安定が「ただ君を守るために」って歌いながら時間遡行軍の喉元にとどめを刺してたのは覚えてる…あと堀川くんの「この胸に秘めしもの 燃え立つ血潮」パートの立ち位置が幕末とおんなじで上手よりだったことも覚えている…

兼さんの「俺は走り抜ける 叶わぬ思いがあるものか」がそのまま残ってて、心の中ではもう「うぉぉぉぉぉん」って泣き叫んでた。もう、われながら危ない人だな。

今回に限らず、それぞれの作品の初回観劇で「刀剣乱舞」を聞くと、わたし絶対泣いてしまうんだけど、ちょっと今回はひどかったです。。周りの迷惑にならないようにとりあえず目元や口元にひたすらハンカチを押し当てていました。

 

ここまで書いてたら疲弊してきた。たいへん。でももうひとつ重いやついきます。

客席の様子で、幕末ロスorそうでないかでのリアクションの対比がまじで鮮明だな、と思ったところがありまして。

時間遡行軍が人間のふりをして、土方さんのもとへ入り込んでいるらしい、どうやら今回のやつらの狙いは土方さんを殺すことではなく、生かして歴史を変えることなのでは!?となった、一連のシーンなんですが。

(注:ここの設定というか描写については、改めてちゃんと書きたいと思ってます!これだけで頭を整理して書くべき、おそらく今回の肝となる内容なので!1回だけじゃここの設定の理解、まだ整理しきれないというのもあって、繰り越します~!)

 

今回歴史を守るためには、自分たちの手で土方さんを殺さなければならないという可能性に気づき、ショックを受ける兼さん。その姿を見た堀川くんは、兼さん、僕がやってみせるよ…!とばかりに、時間遡行軍の企みを阻止せんと一人で潜入するのですが、敢えなく捕まってしまいます。

そんな彼を助け出そうと、ほかの男士5人が全員で、真正面から土方さんのもとへ投降しにいくシーン。

ずらりと姿勢よく座して居並んだ男士たちを、ひとりずつじっくりとにらみつけていく土方さんが、安定のところに来た時に「お前、きょうだいいるか?」っていうんです。

安定はハッとしたような表情でうつむいて「いえ。」とだけ短く答え、土方さんも「そうか。…死んだ仲間に似てたもんでな」と言って、それ以上は追及しないんだけど…。

ここの、土方さんの「お前、きょうだいいるか?」で、私は息をのんだんだけど、客席ではわりと笑いが起こっていたような気がして!?

いやいやーーー!わらえんーーー!!!泣くところじゃろーー!!??ってなってました。

 

だってさ、あのやり取りで、この土方さんは、幕末天狼傳でみんなが会ったことのある土方さんだって確定したわけじゃん…?

土方さんの「死んだ仲間に…」で、本格的にウワァー!!?ってなって泣いたんだけど、つまり土方さんは、安定のことを、奥沢くんに似てるなって思ったわけでしょう…?似てるもなにも、本人なんだけどさ。つまり世界線がまるっきり同じってことじゃないか。。

今作が「繰り返し」をし続けているつはものの次の作品だったから、時間的なつながりについては、男士たちの経験上はともかく、元の主側が同じ相手かどうかは、正直わからない部分もあるよなって思ってたんですけど、そこに関してはきれいに否定されたわけですよ。。

「お前、きょうだいいるか?」へのあの笑いは、安定ピ~ンチ!ってことだったのかな。

…いやたしかに、神妙なかおつきで、明らかにあやしい風体の5人が正面きって乗り込んできてる絵面には、面白いところはあった。って、後から頭を整理して思ったんですけど、いや~~でも、やっぱ、泣くから!!!

 

そしてここでのしんどいポイントはまだまだ続く!

そねさんの「命を懸けて仲間(堀川くん)を取り戻しにきた」という態度に触れて、土方さんは堀川くんを解放することに決めます。そしてあろうことか、「お前ら…気に入った!」って、晴れ晴れした顔で突然ガッとながそねさんの肩を抱き、「よし、いっちょやるかぁ!」「な、なにを?」みたいなやり取りを始めるんだけど…。

ここはもう、予感だけで泣いていた、だってその先にあるのは

「決まってるだろ~!?…宴会だー!」

だよね~~~それしかないよね~~~!!!!!!!ム~~リ~~~~~!!!!!!涙

 

客席は、わぁーーー!!!って拍手とともに大きく歓声があがって。舞台上ではかっぽれかっぽれ~!って始まって…!めちゃくちゃ沸いてました。

いやもちろんうれしいし、笑顔になるんだけど、あまりにもむりでした。号泣でした。

だって、新選組の刀たちは本丸で「ねえ、久しぶりに、あれやろうよ!」「いいねえあれだね!」って、元の主たちが好きだったやつを、おんなじようにかっぽれかっぽれ~!って、してたんだよ。

それをだよ…本人と一緒にやるんだよ…?泣くしかなくない…?

客席で起こる手拍子と、それに包まれて歌い踊るみんなの姿、完璧に過去の記憶とダブリまくって、ほんとうに舞台が見れなくなった。ので映像記憶があんまり残っていません…

ここもね、キャー!わー!って笑顔で喜んでるお客さんと、ビャー!!って泣き始めるお客さんにくっきり分かれてて面白かった…そして、泣きながら笑ってる人たくさんいたと思う…。し、しんどい…。泣き笑いしすぎたマジで。

そしてさらに、いい具合に酔っ払った安定が「ねえねえながそねしゃん!」って言いながら、上手から、お酒がなみなみと入ったお鉢を、持ってくるんですよぉ~~!!!涙

そこでながそねさんが見せる、鮮やかな一気飲み!!!

虎徹きょうだいで~そこをリレーするんかぁ~~~;;!!?

もちろん楽しいから笑うけどでもやっぱり泣くっていう無限ループに陥ってた。

安定がなんて言ってそねさんにお酒飲ませてたのかも、泣きすぎて忘れちゃったよ。。笑

 

…とまぁ、終始こんな調子でして。

いま思えば、つはものの時は話のつくりに衝撃うけまくってたけど、冷静な頭で観劇できてたんだな!?ってなりました。今回のわたしひどいわ。

もっと作品としての魅力をちゃんと話したいのに!全然できない…

他にもね、安定がソロで「選べないんだ ぼくたちは」って言ったりするんだよ。。選ばれぬ者を踏襲してこないでほしいし、ほかにも「近づきたかった」的なことを言っていた…よね。。ウゥ

 

すでに気力が足りなくなってきたので、最後に兼さんの話をしますね。。

今回の話の軸は、当然のことながら、兼さん、あなたでしたね…

 

今作の中で、歴史を守るために、元の主を殺さなければならないとしたら、っていう重たすぎる問い、刀ミュの世界の中でいうと「役割」と向き合い続けて苦しむことになる兼さん。

その問いに対する答えをどう出したらいいかもがく兼さんは、なんと土方さん本人に「もし自分の役割として、元の主を殺さなければならないとしたら、あなたならどうしますか」と真正面から投げかけるのですが、

「お前のやりたいようにすりゃあいい」と返されてしまいます。

主を殺すのが自分のやりてえことだ、役割だ!って胸張れるんなら殺しゃいい、殺したくねえ!って思うんなら、やめりゃいい。って。

指針は与えてもらえるけれど、答えは結局、兼さんが自分の中に見出すしかないという事態に変わりはなく、なんて酷な状況なのだろう…って思いながら客席から見守り続けることになるんですが。

 

最終的に函館戦争の地で、土方さんの命日である日に一対一で土方さんと相対したとき、兼さんは土方さんを殺そうとします。

鬼気迫る勢いで刃を交わし合い、本気で土方さんを斬りつけはする。でも、もちろん、兼さんにとどめが刺せるはずもなくて…。

斬られてボロボロになり、命を取られるつもりで、膝を落として座っていた土方さん。その背後で、一度は「うおぉぉぉぉ!!!」と咆哮して、本気で斬りかかろうとする兼さんだけど、

「…できません…俺には、できません」って、泣きながら自分も土方さんの前に膝を落とす。

 

そうしたら、土方さんがね。

「馬鹿野郎、泣くんじゃねぇよ」って。

後ろから、兼さんの頭を、笑顔でぎゅっと抱いてあげるんだよ。

ここの、構図と、その行為が。そのときの、二人の表情が。

 

それを見た自分の中に今あるものを、なんとか言語化したいのに、まったくもってそれができません。あの情景を、感情を、言葉をつかってどういう風に描写したらいいのか、どうしてもひねり出せない…。むしろ言葉になんか、してはいけないような気にさえなる。

 

心から敬愛してやまない元の主の命が、いま自分の手元でいかようにもできるという状況にまで、追い詰められた兼さん。でも元の主を愛するからこそ、自らの役割に忠実でいたいって、きっと兼さんは思っていたんだと思うんです。

近藤さんのために誠心誠意尽くし続けて、近藤さんを失った今も、自分の中にその役割を新たにとらえなおし、真っすぐに生き抜こうとする土方さん。

彼の命を史実通りに終えさせなければならないのなら、刀剣男士として兼さんがなすべきことは、土方さんを、命日をあやまたずに殺すこと。

それでもやはり、その非情すぎる役割を果たしきれないという、迷いや挫折や苦しみを、そうしてまさに自分が命を奪おうとしていた土方さん自身に、全部抱き留められてしまう兼さん…。

ちょっと、これは…どうしたらいいのか。わからないです…。

今こうして書いてても涙がとまらなくなってきた。

 

土方さんは、斬りつけられたボロボロの、もう長くはないだろう体を引きずって、上手階段を下りて客席通路奥まで進んでいきます。

膝を落としたままの姿勢で、呆然と土方さんの背中を見送る兼さん、そしてその隣に寄り添う堀川くんとそねさん。

少し離れたところから見守る安定、巴形、そして、舞台上の一番高いところで静かに一人立っている陸奥守。

 

むっちゃんがすっと手を差し上げたとき、あぁ、と思いました。そうか、と…

そして響き渡るのは、一発の銃声。

その残響の中、まるで子供のような、感情を覚えたてのような、あまりにも幼すぎる泣き顔になっていく兼さんと、その頭を抱いてあげるそねさんの姿が、暗闇の中に消えていくんですけど…

あぁ、なんて物語を作ったんだろう、って、また打ちのめされたような思いになった。

みほとせの、「よく、生きられましたね」の物吉くんの声が、頭の中によみがえりもした…。

 

刀ミュは、安っぽくない「救済」を描くのが、本当に本当にうまいと思うんです。

こんだけ泣く泣く言ってると説得力ない気もするけど、これは泣かせようとしての、いわゆるお涙頂戴な作りによるものでは決してないんですよ。あくまでも、物語そのものが持つ力に、どうしたって泣かされてしまう。

今回のラストには、そねさんに対して、近藤さんの斬首を「みなくたっていいんだ」と言って役割を代わってあげたはっちのことを当然ながら思い出すし、

そうしてはっちに救われたそねさんが、今度は仲間として、兼さんの隣に寄り添ってあげるのだし、

それまで兼さんにぶつかられても飄々と受け流すばかりだったむっちゃんが、元の主の命を奪うという役割を、何も言わずに果たしてあげるんだよね…。

過去を大切に抱く気持ちを決して否定することはなく、仲間の支えによって前に進んでいく刀剣男士たちの描かれ方、いつものことながら本当に大好きです。

そしてここまで書くと、今度はつはものの三日月の異質さにまた気づかされてぞくりとするなど…。

刀ミュってやっぱ、作品の奥行きがすごい。見る側が心ゆくまで自分の中で世界を広げられるその豊かさは、ある種の余白によって可能になっていると思います。

作品づくりへの信頼感がまた強まった今回の作品でした…ありがとう!!!(行き場のない感謝)

 

 

ハッ!最後といいつつ追加で!!それは…堀川くんのこと!

 

キャスト変更発表にはどん底に突き落とされたような気持ちになったんですけど(らぶフェスのあのタイミングで発表したことはやっぱりまだ許してない)、でもそのショックは乗り越え済みで観劇しまして。

結果、次の堀川くんがしょうごくんで本当に良かったな、って思って帰ってきました!

堀川くんのキャストが違う点についてのしんどさは、見ていて思ったよりも全然なかったんです。ある意味拍子抜けするくらいに。

いやでも、それは誰でもいいって意味じゃもちろんないんですよ!?

わたしはテニミュ(2nd)育ちのおたくなので、なんかもう、そこの二人のバトンの受け渡しには信頼感しかなかったっていうか…。もちろんキャスト変わらないでくれるにこしたことはないし、ずっと同じ子に会っていたいけど、それが叶わないならこの形で本当によかった、納得感ある!ってなりました、観劇の結果!

幕末天狼傳と地続きの世界なのに堀川くんが違うことに果たして耐えられるのか?っていうのが、らぶフェスの発表時にまっさきに思ったことだったんですけど、そこはまったくもって杞憂でした。

言葉に尽くせぬ気持ちや事情もいろいろあるだろうというところ、まぶしい堀川くんを演じてくれて、本当に本当にありがとうございます…という気持ちになって帰ってきたよ。

さすがアーティスト活動のたまもので、お歌は素晴らしすぎましたし…!何よりお顔めっちゃ可愛いし、とにかくすてきな堀川くんだった…涙!

自分もそうだけど、思い入れてるオタクって怖いじゃないですか…だからほんとうに、演じてくれてありがとう。っていう気持ち!堀川くんうちわ持つね!!!

 

 

これ以上まともには書けなさそうなので、いったん今日はここまで。。

巴さんのこともちゃんと書きたいんだけど、それは時間遡行軍とセットにしないとダメなやつなので!もちろんむっちゃんの話も~!!

触れてないのはひとえに私の余裕のなさによるものであり、二人とも本当に最高だったんです…;;刀ミュに出てくる男士のこと全員好きになる現象は、今回もちゃんと発動しました!

巴さんに関しては、ミュのヘアメイクおよび衣装班、すごすぎやしないか!?あの複雑な羽飾りの美しさはいったいどうやって!?何で作ってるの!?ってなりました。

もちろん二部の話もできてないけど二部は二部でも~~~、別ベクトルで大変だったよ~~ということで、一週間後かもっと先になるかもですが、きっとまたかきます!お付き合いありがとうございました!

 

あっあと早いとこ今作の略称をください!話しづらくてかなわねぇ!むすはじでいいですか!?ダメ!?笑

刀ミュ つはものどもがゆめのあと 凱旋公演の三日月についての感想(一部ソロ曲歌詞の掘り下げなど)

どうもこんばんは、つはもの三日月モンペのあなぐまです!

つはもの…ついに、終わっちゃう…ね!!!涙

大阪公演はいけなかったので私の観劇は凱旋が見納めでございました。。明日の大楽は仕事のあとにライビュへダッシュです。いつも忘れるディレイ配信も今回こそ予約済み…!

凱旋はまじでこれ以上がんばれないくらい頑張ってチケットを確保して、1/7マチソワ、1/8マチソワ、1/13ソワレ、1/14マチネ(東京楽)と6回観劇してきたのですが、やっぱり、凱旋ってめっちゃいろんなことが変わっている…!となりました。

あ、いろんなことって言ったけど、冒頭に申し上げたとおりつはものは三日月モンペなので、モンペっていうかなんかもう、自分がよくわかんないんですけど!とりあえず隙あらばオペラグラスで三日月だけを見ていた。…つまりは他の男士に関する変化はほぼわからない可能性が高い!!!(いばるな)

なので凱旋で感じた三日月の変化と、あとは主に一部で三日月が歌う2曲の歌詞の話をしたいと思います…!

あと話の流れなどはあまり丁寧な説明はしてないかと思うので、見たことある人向け?の書き方になってるかと!

 

 

まず東京公演との比較なのですけども。

わたし東京は3回しか観ていなくって、席は2バル→1バル→3バルってまんべんなく座ってはいるけど、いかんせんステージとの距離があるし…どこまで正確にとらえられていたか、自信がない部分はあるのですが。

それでも、明らかに「凱旋の三日月の表現が変わってる」と感じた部分が色々とありました。

一言で言ってしまうと、「より自分の感情を表に出すようになった」って話になるんですけど、そんなに単純でもないんだけど…できるかぎり説明してみる。

 

東京公演の頃の三日月、こちらが話を咀嚼するのに時間がかかったせいももちろんあるのですが、でも一貫して「得体の知れない者」というトーンを漂わせていたような気がするんですね。

どこか周囲に心を開いていないというか。や、ストーリー展開上、もちろんそうならざるを得ないんですけども、でも別に自身の気持ちを隠す必要のないような、なんということのないシーンであっても、なんだかその場にいる他の男士たちに対して、距離を置いているように私には見えたんですよね。

表情がほぼ変わらない、というか。あのお人形のように美しいお顔ですっとただそこにいる、っていう印象が強くて…

なので観ていて、あれ、刀ミュの三日月ってこんな感じだったっけ?って違和感を覚えるシーンもけっこうありまして。といいつつ、やー、この話のつくりでは当然か!とも思ってたんですよね。

だけど凱旋に来て、なんだか「あれ、いつもの三日月が戻ってきてるな」って感じる瞬間が増えて。

細かすぎて伝わらない話をしますけれど、例えば…

主から6振りに出陣の命が下るシーンで、「髭切殿、膝丸殿はまだ本丸に来たばかり、この任務は危険なのではないでしょうか?」と小狐丸が主に直訴するシーン。その様子を見ていた三日月が、隣の今剣に対して「おやおや、小狐丸殿の心配性が出たのかな」といった雰囲気で、ちょっとおどけた目配せをしてみせたりとか。

終盤の時間遡行軍との戦いの途中、小狐丸に「…踊りますか!」って言われた後の表情が、より明確に一瞬ぱっと目を見開く、嬉しそうな笑顔になっていたりとか。

そういう細かい部分、主に他の男士とのかかわりの中での自分の感情を、より自然に表に出すようになっているように感じました。

ラスト近辺の「賄賂はきかんかー!」のあとの笑顔は、東京から常に全開だったかなって思うんだけど、逆に言うと明確に感情が出てるのってあそこくらいだった気がするんだよね…?さすがにそれは言いすぎか…

わからないんだけど、やー、でもねぇ、やっぱりこの脚本だとねぇ!?(※なんかい同じことを言うんだよ)

今回の三日月の描かれ方に託されたもの、あまりにも大きすぎると思うんですよ。

三日月の在り方そのものが今回の話の進む先を左右しているわけで。つまりは絶対に世界観を壊してはいけないというか…おそらく演じる側にはそういうプレッシャーもあったと思うんですよね。

そうなると今までとは全然違うアプローチでたぶん役作りをしなければならなかったはずで。てか実際インタビューにそう書いてあったしな…。

まりおくんのとあるインタビューに「茅野さんに『その場の芝居の感じで、任せるわ。感じたままやれ」って言われることも多くなって」って書いてあって、本当にのけぞったんですけども…(だってトライアルの頃は怒られてばっかりだったといいますから…)

これは私の勝手な感想だけど、これまでの三日月宗近の表現に対して“変える部分”と“変えない部分”、その配分をまりおくんが確立させたのが、凱旋公演だったのかなぁ?って思ったんですよね。

それも悩んでつかみ取ったとかっていうよりは、自然に心が動くように演じていった結果たどり着いた形、って感じなのかなと。いや、わからんけどなんかそういう風に思ったよ。

 

そしてその最たる変化があったと(これも個人的に勝手に)感じてるのが、「しくしくくれくれ」の歌のシーンで…。

これ、今日タイトルがようやくわかりましたね。「華のうてな」なんだな…。花じゃないんだな。そうだよね…仏様に関連するときの「はな」って「華」を使うか…

舞台下手側に移動してからの歌の後半「半座わかつ 華のうてな 誰がためにそこにある」って歌詞に差し掛かるところで、三日月がぎゅっと眉根を寄せて目をつむり、心から切なげというか、うっすらと微笑みを浮かべた、慈愛のこもったような表情で歌うようになってたんですよね。

1/7にこのシーンを見た時に、本当にびっくりして…東京でぜったいそんな顔、してなかったよね?!ってなって。もうちょっときびしめのお顔じゃなかったっけ!?ってなって。

 

でね、なんでそういう表情になるんだろう!?っていうのがすごく気になり、歌に込められた意味について、ちゃんと腰を据えて考えたいな。と思ったんです。

刀ミュではつはものに限らず、日常的にあまり触れることがないような言葉遣い、言い回しがわりと頻繁に使用されていますよね。

例えば、ひとひらの風の「天霧(あまぎ)るとも晴れやかな」とか。みほとせだと「君の名は竹帛(ちくはく)に垂(た)る」とか。

そもそも使われている単語をこちらが知らないため、音はつかめても歌詞として変換できない、という現象がよく発生します。↑のふたつはまさにそうでした。笑

もちろん、全体的なトーンであったり言葉のおぼろげな印象で、ほぼ作り手の狙いからはブレなく歌のシーンを理解できているのだろう…とは思うんですけど、ちゃんと読み込んでみたらどうかしら。と思い、古語辞典を引いていろいろ確認してみました。

あ、ちなみに高校時代に買った何年物か言えないくらい(※年がバレる)古い電子辞書を使ってるので、旺文社の古語辞典のはずだけど、何版とかまではわかりません!悪しからず。

古語辞典で見つからない部分はコトバンクにお尋ねしました(リンクを張った分がそうです。)

 

順番前後しますけど、前述の「華のうてな」からいきます。

歌詞は私が聞き取った限りでは下記のとおりです。

 

しくしくくれくれ

しくしくくれくれ

かりそめの宴 うたかたの花火

生まれては消えゆく春の夢

誰(た)がための 華のうてな

 

しくしくくれくれ

しくしくくれくれ

纏う黒き絹

うたかたの役目

満ちては欠けてゆく玉鬘(たまかずら)

 

半座わかつ 華のうてな

誰がためにそこにある

宿世わかつための 華のうてな

 

まず冒頭の「しくしく」と「くれくれ」について、古語辞典にお尋ねしました。

 ---------------------

  • しくしく…うち続いて。しきりに。
  • くれぐれ(-と)…(上代は「くれくれ」)悲しみに沈むさま。心がめいるさま。

---------------------

ねえ、のっけからこれ、どう思います…?

つまり、しくしくくれくれ=しきりに悲しみに沈んでいる様子、ということになりますね…

上代は「くれくれ」”っていう、ここの説明を見ただけでなんか私はダメだった…上代…三日月が生まれた時代…涙

つまり三日月、君は自らのかなしみを込めて、この歌を歌っているんだね…ってなりまして。。

いや、自分のことに限らず、歴史に従い命を終えるさだめになっている義経と、友を死においやる覚悟をした泰衡のことも含めて、そんな「確かなもの」と「はかないもの」が交差してそれぞれに散ってゆく様子や彼らの心情やそれを見守る役目を背負った自分、そういった諸々、すべてに対する諦観めいたかなしみ、なのだろうなって。。

ウアァーーー!!!!!もののあはれかよ…!!!!涙

 

かりそめの宴 うたかたの花火

生まれては消えゆく春の夢

 

ここは、やはり栄枯盛衰っていうか…平家がついに滅び、源氏の世が訪れようとしているけれども、そこにはまた新たに命のやり取りが生まれ、歴史の中で消えていく者もいる…っていう情景すべてを指しているのかなと思いました。あぁ…諸行無常の響きあり…

「誰がための華のうてな」に関しては、後半で触れます。

 

纏う黒き絹

うたかたの役目

満ちては欠けてゆく玉鬘(たまかずら)

 

まず「纏う黒き絹」と「うたかたの役目」なんですけども。

この歌の前のシーンで、三日月は藤原泰衡に、正しい歴史のあるべき流れを説明したうえで「源義経は今ここで死なねばならん」と告げて、泰衡も「私は、私の役割を果たしましょう」といっています。

 ---------------------

  • うたかた…みずに浮かぶあわ。はかなく消えやすいものをたとえることが多い。

(うたかたはさすがにわかるよ!でも辞書引いたよ!)

 ---------------------

黒とは、喪に服すときの色。つまりは死者を見送るための色、と理解することができると思います。

「纏う黒き絹」というのは、義経に直接の“死”を与える泰衡と、そうするように泰衡を導いた三日月、ふたりの姿を指しているのかな、と思いました。

「うたかたの役目」のところは、単純に“うたかた”を役目にかかる単語として読んで「役割がはかない」と捉えるよりも、

誰よりも長い時を経て残り続けてきた三日月からすると、今義経や泰衡が生きている時間はとても儚いもの、でもそんな短いひとときの中にも、それぞれ背負わなければならない役目がある…といった意味なのかな、と。うたかたの(世の)役目、ってことなのかな、と。

「満ちては欠けてゆく玉鬘」がちょっと消化しきれていないんですけど、玉鬘って髪飾りの意、転じて枕詞じゃなかったっけと思って辞書引いたんですけど、下記のとおり同じ音で三つほどでてきました。(っていうか何回聞いても「たまかずら」に聞こえたんだけど全然違う単語だったらどうしよう!!?)

 ---------------------

  • ①たまかづら(玉葛、玉蔓)…<枕詞>葛(かずら)のつるはのび広がる意から、「長し」「延(は)ふ」「筋(すぢ)」「いや遠長く」「絶ゆ」に、また葛の花・実の意で「花」「実」にかかる。
  • ②たまかずら(玉鬘)…上代、多くの玉に緒(お)を通し、髪にかけ垂らして飾りとしたもの。
  • ③たまかずら(玉鬘)…<枕詞>玉鬘は髪飾りとして頭にかけるので「かく」「かげ」にかかる。

 ---------------------

歌詞の流れからすると①は落とせるかなと思い、②も違うかな、やはり③かな?と思ったんですが、

上記の辞書の③の説明では「かく」「かげ」にかかる、とあるところ、「かく」はどうやら「欠く」じゃなくて「掛く」の方に使われるようだったので、じゃあここでかかっている対象があるとしたら「かげ」かなと。

満ちては欠けてゆく、っていうのはほぼ間違いなく月の光のことを指していると思うんですよね。

いうまでもなく古語だと、影=光なので、ここはそのまま、三日月のことを言い表したパートなのかなと思いました。

念のため影も引き直したのでおいておく。

 ---------------------

  • かげ(影・景)…(日・月・灯火などの)空間にうかぶ姿・形。/(日や月などの)光。

※ほかにも単純に「姿、形、面影」といった用法もありますが沢山ありすぎるので割愛。

--------------------- 

 

問題は次でして。

なんとなく「うてな」が“蓮の花の台”っていうことまではぼんやり知っていて、宿世が前世だということももちろんわかってはいたのですけども…

 

半座わかつ 華のうてな

誰がためにそこにある

宿世わかつための 華のうてな

 

--------------------- 

  • うてな(台)…極楽往生した人が座るという蓮の花の形をした台。蓮台(れんだい)。
  •  半座を分(わ)く…〔多宝仏が座の半分を釈迦に譲って、その教説の正しさを認めた「法華経見宝塔品」の故事から〕他人に席を譲ること。また、浄土で一つの蓮はすの台うてなに一緒に座ること。
  •  宿世…(1)前世。先の世。(2)前世からの因縁。宿命。

 ---------------------

うてな、極楽往生した人のための…といことはつまり、死んだ人のために用意される居場所。

今、三日月は泰衡に対して働きかけることで、義経が命を終える方向に導きました。

「宿世わかつ」ための、「華のうてな」ということは…

三日月は義経、泰衡たちの生きる同じ時代を「幾度も幾度も」「繰り返し」訪れている。

三日月が引き起こしたものでは当然ないにせよ、その繰り返しの中のある種の“前世の因縁”として、義経が生き残っている歴史=宿世を、

わかつための華のうてな=義経に死を与える

っていうことになるのかなぁ、って、思って。。。

…まぁでも今回の歴史の中だと義経は命を長らえるのであれなんですけどね!

どちらかというと、己の役目を守るために、愛する友を殺すことを決意した泰衡の言葉に尽くしがたい思い、に寄せた三日月の心情がメインになるのかな…!?

にしても。いずれにしても!!!なんか、全部言ってる歌詞だったわ…!ってなって。

 

1/13に観劇する前に、なんとなくここまでは頭を整理して行ったんだけど、やっぱりちゃんと言葉の意味が頭にしみこんでから見ると「だから…こういう表情で歌ってるのか!!!」ってなって、余計心に刺さりまくってしんどかったですね。。

もちろんこれが正解だって言いたいわけじゃなくって、全然読みが足りない可能性も存分にあるしとんちんかんなことを言ってるかもしれない!

だけどなんとなく雰囲気で聞いてるだけじゃ消化不良だったので、まじめに検討したらすっきりしたよ!っていうお話です。

このブログで何度も言うけど、私はほんとに日本史が分からないので。。わかってたら絶対にまた違う楽しみ方ができるんだよねぇ。惜しいなぁ。と思いつつ、歴史にうとくてもここまで楽しめるのってほんと素晴らしい!となる(無駄にポジティブ)。

だからせめて言葉の使われ方くらいはできる限り理解したいなって…フォローになってるのだろうかコレ?笑

 

あと歌い方だけでなく、この一連のシーンの三日月は東京→凱旋で変化が大きかった気がします。

この歌に繋がる前の、泰衡との蓮を眺めてからの今生の別れのシーンは、1/8のソワレにみた時に、三日月あわや泣くんじゃないか!?ってくらいまでの表情になってたんですよね。。

明らかに瞳の表面に水分の膜が出現してて、光を受けてものっすごくキラキラしてた…

オペラグラスで公演入るたびにお顔ガン見し続けていたので、あれはさすがに見間違いじゃないと思う。。

この回、泰衡の「我がむくろに出会うことがあれば、蓮の花を手向けてくださらんか」のあとの

「約束しよう」がけっこうな涙声になりかけで、

「約束は守る。年寄りだからな」もちょっとかすれ声だった…!ウウッ

私大阪行ってないんであれなんですけど、1/28に現地に観に行った友達に聞いたところによると、やっぱり似たような状態になっていたらしく…(伝聞なので詳細は書きませんが)

なんかこの、三日月が一人だけの時に垣間見える心の揺らぎみたいな部分、めっちゃ胸が痛い…。

三日月の気持ちを「理解できる」とはどう転んでも言えないんですよ。こちらからははかりしれないものが多すぎて。でも勝手にいろいろ思いを巡らせることはできると思ってて…。答えは出ないしまぁ出す気もないんですけど私、

とりあえず、一つ言えるのは…つれえ…しあわせになってほしい…ってことですかね…

 

ところで演じてる本人たちは、どこまで歌の意味について解説を受けるんだろう!?脚本の意図するところの説明って、御笠ノさんからあったりするのかな、それともそこの伝え方は茅野さんに任されてるのかな、すごく気になる…!でもさらに茅野さんにまりおくんが「任せる」って言われてるからな!?

そのあたりもなんとなく見えてくるのかなと思ってて、刀ミュの戯曲発売をすごく心待ちにしてるんですよね。だけどつまり世界観ネタバレ?含むからまだ売れないよん!とかだったりして?って思ったり。笑

 

あと一曲目の方のソロ「この花のように」についてもちょっとだけ書いておきます。こちらは単語が別に難しくはないんだけど、にしても~~!おい~~!ってなったので…

そしてこっちは「花」表記なんだな!?

 

あの鳥のように飛べたなら

今すぐにでも

 

濁りに染まる蓮

清らかに 咲き誇る

ひとたび巡れば 蓮に心寄せ

託されるは生涯の約束

 

ぽん ぽん 聞こえるか

花の咲く音 開く音

 

この花のように清く咲く

その下には 濁る泥水

この花のように清くある

その裏には

 

これもさぁ、ほんとさ…もう、全部言ってるじゃん!!!!涙ってなりました。

一回目を見て話を理解した後の二回目観劇!あの時の衝撃ったらなかったよ…ほんとに全部言ってるじゃん…!!!

 

ひとたび巡れば 蓮に心寄せ

託されるは生涯の約束

 

…ここほんと、ダメじゃないですか????涙

前回泰衡と会った時の約束を果たすための、蓮なんでしょ…?

ひとたび巡れば、って、もう一回同じ時代を繰り返せば、ってことでしょ…!?

泰衡の「蓮の花を供えてくださらんか」っていうのが、託された生涯の約束なんでしょ!?!??だから冒頭で「お前にやろう」っていうんでしょーー!!!?号泣

三日月が泰衡に出会うときに「友よ」って呼びかけるのは、単なる言葉の綾だけじゃないんだな、って思うんですよね。。

やっぱりどこか深く心を傾けている部分があるというか、三日月から見て、泰衡には通い合うものがあるんだなって思う…。

 

で、この歌で他に「むりしんどい」ってなるところが…

三日月は歌の始まりは、蓮の花を掲げて歌ってるんですが、

託されるは生涯の約束、のところで花をそっと地面に置いて(痴れ者が!と言ってここで泰衡は去る)、いったん手ぶらになるんですけど、

 

この花のように清く咲く

その下には 濁る泥水

 

ここでね!!?

三日月「その下には 濁る泥水」に差しかかって初めて、刀を抜いて舞うんですよ…

ねえ、、、、。それって、この部分の歌詞が、自分のことを言い表してるからでしょ!?

だからここで自らを表すものとして、刀を抜くんでしょ?ってなって…。

ほんと勘弁してくれ!!!!濁る泥水って!…わーーーん!!!!涙

「この花のように清く咲く」っていうのは、色んな意味にとれるけど、

あるべき姿におさまっている歴史の正しい形であったり、三日月の行動を知らないほかの男士たちのことを言ってるのかな…。って。

その下には…その裏には…ヤメテ…!!?涙

歌い終わって腰かけた三日月は、どこか厳しいというか何か思いを秘めたような表情をしているのに、膝丸と今剣が現れたとたん、ひょうひょうと「花を摘んでいた」って笑顔で答えるだけの、食えない天下五剣になるんですよねーーー…アーー。。。

 

あぁだめだ!今回全然書きたいことまとめきれないな!

好きなシーンとか好きなセリフとか、ほんとうに多すぎて。。全部が好きすぎて抜き出せない…ってなるので、軸としてとりあえず歌詞の話をしたいと思っての更新でありました。

あとは他に凱旋でしっくりきたりぐっと来たシーンについて、ちょっとだけ補足して終わります!

 

ひとつめは、また三日月と泰衡の蓮のシーンに戻るんですけど、

泰衡が「わたしは、わたしの役割を果たしましょう!」っていうところかな。

東京で観てるときは、生涯の友である義経の命を奪うっていうすごく重い決断を、泰衡がなんだかあっさりと決めたように見えてしまってたんだけど。

結論が出るのにやや唐突さがあったように思えると言いますか。

でも凱旋で見てたら、あ!と思う部分があり、そんなことはなかった…。

 

この答えを出すにあたり、泰衡は三日月に「のちの世で、この平泉はどうなります?」って問いかけています。

それに対する三日月の返答は「一度は滅ぶ。…だが、人々が平泉を忘れることはない。つはものどもが駆け巡ったこの黄金の都!…平泉を忘れることは、のちの世も、またのちの世もな。」でした。

それを聞いた泰衡は、何かをこらえるように微笑んで「わたしは、わたしの役割を果たしましょう!」って返すんですよね。

 

この時泰衡は、平泉が「かたちあるもの」として、後世に残り続ける事実を知った。

逆に言えば、平泉がそうしてずっと残り続けるためには、あるべき正しい歴史の流れは守られなければならない、ということ。

のちの世に在り続ける平泉と同じように、”かたちあるもの”として亡骸を残すさだめである自分もまた、己の役割を果たさなければならないんだ、って、泰衡はそんな風に思ったんじゃないでしょうかね…。

いやこんなの当たり前だったらゴメン、、私の中でしっくりきたっていうだけの話なので!!!

三日月、別に泰衡を説得はしてないんですよね。「三日月殿、なぜ私にすべてを打ち明けてくれたのです!?」という泰衡の問いに対しては、真正面からの返事はしないくらいですし。

聞かれたことに、ある意味では淡々と答えるだけっていうか…

だけどこの平泉がのちの世に残り続けることを告げる場面では、朗々とした声の響きで、力強く、言葉をかみしめるように伝えるんだよね。。

その様子だけで、泰衡にはきっと伝わるものがあったんだなって、思ったり…涙

 

もうひとつは、唐突に触れますが、髭切の変化ですかね…!

いやでもわたし、まじで三日月以外の男士にはちゃんと注目できてないので、細かい変化はつかみ切れてなさすぎてだめだめなんですけど!

それでもなんだか、凱旋からはすごく「やさしさ」が表れる兄者になったな!?って思ってて。

自分と今剣が歴史に存在していないのではないだろうか、と悩んでいる岩融が、髭切と膝丸に「あやつを傷つけないでいただきたいのだ」って直談判しにいくところ。

そんな岩融に兄者がかける「なにが真実なのかなんてわからないし、まぁ、実はそんなに興味もないんだけど、…でも、ひとりで抱えているのは、つらいよね、きっと。」っていうセリフ。

ここ、凱旋で、本当にやさしさがにじみ出てくるような言い方になったな!?って思ってすごくびっくりしたんですよ!

より感情がこもっている言い方になったっていうか…!?

東京の時の兄者はもうちょっと、何を考えているかわからない、つかみどころのないフワフワしたキャラクターっていう面がだいぶ強かった気がするんですけど。

すみません、私の圧倒的観察不足でこれ以上具体的な表現ができなくて申し訳ないんですけど、凱旋の兄者、とにかく優しさが増していた…!と思います!(まじのまじで三日月しか見てなくて…ごめん…)

同じような場面にはなるんですけど、三日月が一人で歴史介入をしている理由を、髭切が代わりに小狐丸に対して答えてみせるところ。僕が彼を、演じるから!のところですね。

ひととおり解説をしてみせた髭切が、三日月に「もうやめにしよう」って言われて「君がそう望むなら。」って返したあとのね、

「…心配しているよ、主。」の言い方がね!

ほんとにさ!ここ、やっさしくて!泣ける!!!

なんていうのかな、余計なものを付け加えない、事実として、心配しているよ、ってただ真っすぐに伝えてくれるその感じ!!!

はっきりと言葉にして、主が自分を心配してるよ、って言われた三日月の気持ちはいったいどんなものだったろうと思うと…!

それを言葉にして本人に言うと言わないとじゃね、大違いなんだよ;;!

伝えてくれてありがとう髭切!無理やりすべてを白日のもとに晒してくれてありがとう…!ってなります…!涙

あれ私、やっぱりモンペなのかな!?もうなんか自分の感情のいきどころがよくわからねえ!

 結論が「あなぐまは三日月モンペになり果てた」でいいのか!?どうなんだ!!

 

えぇとまじでまとまりませんでしたが、とりあえず…大千秋楽を(映像だけど)見てしまう前に、一度自分の感情やらなにやらを吐き出しておきたかったので殴り書き状態ですがまとめてみました!終わり方がいつもにまして雑!

はぁーー…つらい。なんで舞台って終わっちゃうんでしょうか。。。

この強制的な別れのサイクル!ほんとうに!!!きつい!!!笑 だけど好き!!!

明日はライビュ楽しんできます!!しぬほど泣いてくるぜ!!!

2017年の観劇とイベント記録

観劇記録をまとめはじめてもう5回目になるんだなぁって思うと、ぼくはこわいよ…

2017年の記録、振り返ってみました!

 

1月

1/14 ミュージカル刀剣乱舞~幕末天狼傳~ 上海公演
1/14 ミュージカル刀剣乱舞~幕末天狼傳~ 上海公演
1/22 月刊佐藤流司 発売記念イベント2部
1/23 月刊佐藤流司 発売記念イベント2部

2月

なし

3月

3/5 ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄
3/12 ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄
3/19 ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄(マチソワ)
3/25 ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄
3/26 ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄(東京楽)

4月

4/15 ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄
4/16 ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄
4/22 ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄
4/23 ライビュ ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄

5月

5/6 ミュージカル刀剣乱舞 真剣乱舞祭2016上映会
5/27 三津谷亮ソロイベント1部2部

6月

6/3 ライブスペクタクルNARUTO~暁の調べ~
6/24 荒木宏文ソロイベント「Hand…」2部

7月

7/1 舞台黒子のバスケ OVER DRIVE
7/8 ふるあめりかに袖はぬらさじ
7/11 スロウハイツの神様
7/14 ライビュ 舞台刀剣乱舞 義伝 暁の独眼竜
7/16 スロウハイツの神様
7/17 ふるあめりかに袖はぬらさじ
7/30 グランギニョル


8月

8/6 りさ子のガチ恋俳優沼
8/11 學蘭歌劇帝一の國 大海帝祭LIVE(マチソワ)
8/12 學蘭歌劇帝一の國 大海帝祭LIVE(マチソワ)
8/13 學蘭歌劇帝一の國 大海帝祭LIVE(マチソワ)
8/19 幽劇(マチソワ)


9月

なし

10月

10/5 ミュージカル刀剣乱舞 加州清光単騎出陣2017(初日)
10/8 ミュージカル刀剣乱舞 加州清光単騎出陣2017
10/9 ミュージカル刀剣乱舞 加州清光単騎出陣2017(マチソワ)
10/14 ミュージカル刀剣乱舞 加州清光単騎出陣2017
10/15 ミュージカル刀剣乱舞 加州清光単騎出陣2017


11月

11/4 ミュージカル刀剣乱舞 つはものどもがゆめのあと(初日)
11/11 ミュージカル刀剣乱舞 つはものどもがゆめのあと
11/12 ミュージカル刀剣乱舞 つはものどもがゆめのあと

11/18 てがみ座 風紋~青のはて2017~

12月

12/9 ミュージカル刀剣乱舞 真剣乱舞祭2017(マチソワ)
12/19 ミュージカル刀剣乱舞 真剣乱舞祭2017
12/20 ミュージカル刀剣乱舞 真剣乱舞祭2017(マチソワ)
12/23 劇団☆新感線 髑髏城の七人 Season月 下弦の月

 

なんだろう、真っ先に「今年は思ったより見ていないな」って思ったんだけど(そして絶対なにか忘れてるんだろうなと思うんだけど)、

思ったより見てないっていうのはさすがに感覚の麻痺ってやつでしょうかね。。

たぶんライブ系イベント含む観劇(ライビュ含まず)で42回とかかな…?

史上最多の去年がたしか52回だったので、それよりは減っている。そらそうや…去年は幕末天狼傳があったがな。。

とりあえず刀ミュしか見てないことが、よくわかるっていうかなんていうか。笑

刀ミュだけで、ええと、25なので半分超えていたね?

でもたぶん来年もそうなると確信してる。。

 

今年のメモリアルは…ちょっと多すぎて選べないんだけどやっぱり、なんといっても大海帝祭ですよね…どうかんがえても…

ずっとずっと、心から願っていた夢が、叶った年でした。

あまりにも大きすぎる夢だったので、終わったあとにまじで燃え尽きて、一瞬舞台オタクやめそうになったくらいです。

(※しかし単騎出陣で不死鳥のように復活した)

いやでもメモリアルイヤーすぎた。いろんなことがおこりすぎ。

だってみほとせと単騎とつはものが同じ年にありよるよ。怖くない?どゆことよ。

単騎もな~~~!!!チケットがあそこまで手に入りづらいこともなかなかないよね。。地獄のようだったけど意外にたくさん見られて嬉しかった!

いやでも待てよ、人生初の海外遠征を経験してしまったのも、なかなかに忘れ難い思い出すぎるよね!?ちょっといろんなことがありすぎですよね!?

やっぱり描いていない未来へつれていかれすぎな気がしますが、

とにかく2017年も、客席でたくさん泣いてたくさん笑って、トータルでは幸せいっぱいに過ごした1年だったと思います!

思い返すとほんとうにたくさんのキラキラが胸の奥に零れていて、なんて恵まれていたんだろうなって心から思うよ。

自分の中でもなんとなく、いろんなことに区切りがついたりもしたので、2018年も自分が好きなことにまっすぐに、走っていきたい所存です。

いつもTLで人一倍うるさくてポンコツが過ぎるわたしですが、

優しくしてくださり、お世話になった皆さま、本当にありがとうございました!

2018年もどうぞよろしくお願い致します!

 

らぶフェス 真剣乱舞祭2017 感動と感謝であらぶりが止まらない、長すぎる感想

終わってからわりと時間も経ってしまいましたが…!

らぶフェス、真剣乱舞祭2017、お疲れさまでした!

今年は何が待ち受けているのかもはや怯えながら当日を迎えたわけですけども、あのね、もうね、

今年もあたまがおかしかった(最大級の賛辞として)

いや~~~ほんと、わたしはミュージカル刀剣乱舞がこわいよ…!!!

 

どうしようかな、何を書くか明確に決められてないんですが、すでに本日12/31でして、つまりは大みそか、なるべくコンパクト版で書きたいと思います。。毎回1万字超える記事を書くのは本気でやめようと思っている…!けどどうなるかしら

(…って思ってたら書き終わる頃にはほんときちがいすぎるボリュームになりましたので、暇じゃない人は時間があるときに読んでください!笑)

 

今回のらぶフェスは、国内3ヵ所+海外1ヵ所というとんでもない規模で開催されました。

日本武道館大阪城ホールさいたまスーパーアリーナ、って国内でまわった会場の規模だけでもなかなかにスケールがでかすぎて。。

私は武道館二日目の昼夜と、たまアリ公演全3回、計5回の公演に行ってきました。

そらな~~行けるもんなら全通したい!しかしな!この年末に平日連続で、やすめない!!涙

これはもう変えられないんだろうなってあきらめてはいるんだけどね…私がらぶフェス大阪にいける日は、きっとこない気がしている…!

だけどそれでも、武道館を土曜日に押さえてくれたのがありがたすぎますよね。

あの日程じゃなかったら、連番した友達は来られなかったと実際言っていたよ!

 

若干話が逸れましたが、つまりわたしは今年初日を見ていないんですね。あ、去年もか。笑

一切のネタバレを踏まないよう、もはやツイッターを見ない、という手段で乗り切ったんですけど。。事前のグッズ販売もイヤホン耳にぶっさして会場リハの音漏れすら遮断して臨んだんですけど。

ネタバレ見ないですんで、本当によかった…あの衝撃は生身で体感したすぎる、って事態がてんこもりでした。。まぁもちろん全員が初見の感動を本当は味わいたいけどね!

 

そもそもなんですが、らぶフェスのメインビジュアルが解禁されたときの動揺ったらなかったですよね。

え、なんでみんな、口元に指を?しーってしてるの…?って。いやいやお祭りだって言ってんじゃん!なんで、しー!?なの!!?って。

メインビジュアルに据えられたそのポーズの異様さももちろんなんだけど、解禁になっての初見の時点で、ぱっと見でなんだか違和感があって。

でもその正体がなんなのか、すぐにはわからなくて、家に帰ってからじっくり考えたんですが。

「なんでみんなのお顔、ちょっとオレンジがかってるんだろう…。あ、これ、灯かりの色なんだ」と気づいて。

背景が真っ黒なのは、暗いところにいる彼らの顔が、正面からオレンジ色の光に照らされているから。顔だけが浮かび上がり、背後は黒く影になり、落ち込んで見えるんだなって思い。

そこで同時に発表されていたグッズのラインナップを見返して「和ろうそくリップ」というものにぶち当たり…

これ、みんなの顔、照らしてるのって、ろうそくの光じゃん。。と…

もうここから頭の中は「やばい!!!今年は刀剣男士のみんなに怖い話きかされる!?やだやだ!!!」だったんですけど、まさかの、それがそのままだった…笑

あと公演の時期を考えると、みほとせのメンバーからメインの役回りが選出されるなとも思っていたんですけど、ポスターの文字の色が、青…じゃなくて、これはネイビーだな、と。つまり青江主役かー!?と!

なのでいちおう?心構えはできていた?ような気もするんですけど、なんかねもうね

そういうもんだいじゃない

 

 

W竹千代君による諸注意の前説、すっごくかわいくて毎回和みまくったんですけど(つまり、これはトリオだ!となるテニミュ経由者たち)、だけどもうそのあとの演出がもうもう…!

真っ暗な会場に、背景から差し込む光に照らされて登場したシルエット、それはもちろんにっかり青江で。そして、アーーー、、、その手にはろうそくが…!!!!

刀剣男士のみんなが静かに舞台上に勢ぞろいして歌い始めた「ひとつ、ふたつ、みっつともされて…」っていう曲。初見のとき、まじでこわくて鳥肌がたちました笑

だってさぁ!??そもそも、いきなり新曲から始めてくるとは思わなくないですか…!?

去年のらぶフェスの、清光がスポットライトに照らされる舞台中央にひとり歩いていく演出でもわりと怯えていたくちなので、まじで「ンギャーーー」って思いました。迫力がありすぎて。。

こういう演出であらわれると、ほんと、あ~刀剣男士のみんな、付喪神だ、神様だ…って思うんですよね。

彼ら自身が実際のところ、ひとならざるもの、な面もあるわけで!

荘厳な空気感、しびれるほどにかっこよかったよ…!涙

 

そしてそのあとに、推しがハイパー可愛いタイムが来ました!!

冬の畑当番、水仕事は寒い~!っていう加州清光…まじ可愛い…

だってさぁ、「さーむーいー!つーめーたーいー!つーかーれーたぁー!」って、全単語でひたすら語尾をのばした駄々っ子みたいな言い方するんですよ;;めっちゃ可愛くないですか?!!?

そもそも寒がって自分の肩を抱いてるジェスチャ―が可愛すぎて!?!?

そのあと「薄着!?薄着!??」ってウキウキ出てくる千子村正も、またウルトラキュートでしたよね!ステージ下の階段から出てきながら頭だけだしてキョロキョロする動き、めっちゃ好きだった!

そんなチーム薄着のそねさん、蜻蛉さん、村正に対して清光が「そっか、風邪ひかないでね。」ってちょっと引き気味に返すのも、ほんと可愛いなって…あっ、さっそく可愛いしか言えなくなってきたな

でもさ~~あのさ~~そのあとのさぁ!?(急に絡みだす)

いまつるちゃん、物吉くんも登場→寒いからおしくらまんじゅうやりましょう!のあとで、三日月が「まんじゅう!ほしいなら、やらんでもないぞ^^」って、ニコニコ出てくるじゃないですか。

うわ~おまんじゅう!って、いまつるちゃん物吉くん、そして間に挟まれてちゃっかり小さい子のフリをする村正(かわいい)が笑顔でおまんじゅう受け取ってるの、それもほんと可愛いんですけども、そのあとにさ~~。

三日月が毎回最後に清光におまんじゅうを食べさせにいく…っていうあれが…もう意味不明の可愛いがすぎて…とうとみが爆発して死んでいたよわたしは…

わたしは見てないんですけど、初日は清光が自分がもらったおまんじゅうをからちゃんに食べさせようとする→からちゃんが食べようとすると結局自分で食べちゃう、っていうのをやってたんですよね?かわいいな小悪魔だ

二日目以降は、清光が自分で三日月からひとつもらって食べる→そのあとまだ食べ途中なのに、三日月がさらにおまんじゅうをプラスアルファで複数清光のおくちに詰めこむ、っていうのをやっていて。。

清光が食べたおまんじゅうの数、武道館昼がセルフで1+三日月から1、夜はセルフで1+三日月から2だったような?

たまアリの最終公演は3つ、つめこまれてませんでしたかね…。笑

(配信?ライビュ?にはかけらも映ってなかったとも聞いたんですけど、まぁでもたしかに、あの場面のメインは青江のセリフなのである。笑)

あと大阪も3つつめこまれた回があったと聞きました。。…どうでもいいけど「つめこまれた」っていうのやめようぜ私

でもほんと絵面がね。三日月はあーん!って食べさせたいんだけど、清光がそもそも最初の一個を食べ途中だからそんなに大きく口を開けられない、という状況があり、結果無理やり食べさせてるので、「つめこんでる」感がめっちゃ出てます。笑

たまアリの最終公演、えっ3つ目!?ってなった清光のお顔が、ほんとにリスみたいにぱんぱんのぷくぷくほっぺになっちゃって、それを見た三日月が「はっはっは!」って感じの、本当に破顔、っていう笑い方をしていてですね。いや、いま笑ってるけど、それ完全に君のせいだかんな!!???っていう。

…ここだけでどんだけ文字数使うんだ!!!!でもらぶフェスについて言いたいことの数割ここに詰まってたから仕方ない(びょうき)

総隊長を…阿津賀志山の圧倒的年下隊長を、一方的にめちゃくちゃにかわいがる天下五剣の図が、やっぱすきだなって…思いました…なんかもう可愛いが過ぎて…ありがとうございました…という気持ちに。。

 

そのあとにからちゃんにうざ絡みしまくる清光も!!!最高に可愛かった…

青江の提案で、真冬の百物語をやろう!って盛り上がっているところに、俺はやらない!って言っちゃう慣れ合う気0%のからちゃんに対して、みんなが説得にかかるところ。

いや説得というか最早「いやいやなにいってんの?拒否権とかないから^^」っていう笑顔で圧をかける感じの気心知れたみほとせメンバーも、ほんと好きだったんですが!

石切丸が「まあここはひとつ、にっかりさんの提案にのってみようよ。」て言ったあとに、横からひょいって顔をだした清光が、

武道館昼「悩みとかきくよ?」

武道館夜「(からちゃんの肩に触れようとして)うわっ、静電気すごい。」

たまアリ1回目「ねぇみりんって10回言ってみて?」

たまアリ2回目「やるきがないならかえればいいじゃん!」

っていう絡み方をしていて…!

たまアリのラストは、初日と同じでおまんじゅう食べさせると見せかけて自分で食べちゃうやつ、だったかな。

もうほんとに全部可愛かったんですけど、一番笑ったのは「やるきがないならかえればいいじゃん!」でしたよね。。。

え、なんでいきなり小学生女子になった!?って思った。笑 言い方がかんぺきに全部ひらがなだったんですよ!!!

かえればいいじゃん!って言われたあとのからちゃんが無言で「…(怒)」みたくなってるのに対して「ちょちょちょ、嘘嘘嘘!!!」って慌てて取り消してて、ほんと客席で可愛すぎて爆笑していました…

ていうかね!!!

今までの清光は、去年のらぶフェスもそうだけど、やはり物語を背負う中心的役割を担っていることが多かったと思うんですけど。

今回は完璧に、自分がメインの位置にいないことを清光自身が分かってるので、そのぶんめちゃくちゃ自由に動き回っていた気がして!

あの「真ん中にいないときの清光」のかわいさって、ちょっと初めて見たので、なんかもうどうしたらいいかわからなかった…。明らかにはしゃいでるんだもん;;

まじで可愛かった!!!どうしよう、やっぱり可愛いしか言えないわ…(単騎ぶり今年二度目)

 

そしてそのあとに再び始まるろうそくの歌では、また空気ががらっと変わって。仄暗く少し背筋がぞくりとするあの曲。

「となりにいるのは だれ」とか「手招きするのは あなた」とか…えーーーん!!!!こわいよー!!!!!

まじで刀剣男士のみんな、私たちとは違う位相にいる存在、身近にみえて実はやっぱり遠い存在、っていうあの感じが、かっこいいんだようう。。

 

そこから語られる物語は最初にまず4つ。

石切丸が語る、小狐丸を打った三条宗近の話、三日月が語る三条大橋の逸話、千子村正が語る…と見せかけて「こんばんわぁ~!」で終わってしまったので代わりに村正派二人で歌った「脱いで魅せまショウ」、源氏兄弟が語る渡辺綱の鬼退治の話。

 

まずつはものの一部曲をガンガン使うと思ってなかったのでそこにびっくりしていた!

でもあどうつ聲(変換さぼってごめん)もたくさん聞けて嬉しかったし、源氏兄弟のあの一部曲がめちゃくちゃ好きなので、ペンライト2色振りながら聞けたの、まじ幸せでした。

だって名曲すぎるよあの曲!というのは年明けて凱旋で堪能してからまたゆっくりやろう!

村正派二人の「脱いで魅せまショウ」はちょっと耳が贅沢すぎた!

あのお二人の歌唱力ほんと半端ないよね…当たり前のことしかいえないけど、あまりにもうたが、うまかった…ハモり方に耳が幸せー!!!ってなる…

こういうスペシャルなアレンジが聞けるのがらぶフェスならではだ~!ってめちゃテンションが上がってました。うぁ~楽しかったな…

あとさ、三条大橋のところで…そんな、いきなりユメひとつが来るとは思わないじゃん…

だってあの場面なら爪と牙かなって思ったんですよ私!そしたらちがってた…。

初見の時はもう泣かざるを得なかったですね。。(幕末天狼傳ロスおばけなので)

あのCメロがね、歌われると思ってなくて。

「今燃える血潮沸き立つ 鋼の誓い 土砂降りに飛び出せ 泥濘に躓いても 前のめりに転がれ」

この歌詞運びよ。。。あまりにも、幕末天狼傳そのものだよね…

でさ、でさ、もうさ、仕方ないんだけど、その場に4人しかいないことが、やっぱり結局最後まで、私は受け入れらなかったみたいで!笑

国内楽の発表で、私たちの願いがもう二度と叶うことがない、というのも事実として確定してしまったけど…うん、この話は今はやめておこ…!

なので幕末の曲、全部当然大好きなんですけど、聞きながらしんどさも実はけっこう強かったですね。(※ただしKEY MANを除く)

だけど「乱世を駆けろ 胸躍らせて」で、ちょっとだけくるって回りながらセンターステージに出てくる清光に、あの頃の姿を透かし見れたりして、やっぱり生で見られて嬉しかったです!

 

この方式だとどうやってライブパートに移行するのかな?って思ってたら、そこは天下五剣の説得力で場面転換されましたね。笑

「ここからは趣向を変えて」というところ。ポンコツなのでイマイチちゃんとセリフを記憶できてないんだけど。

「祭りとは、彼岸と此岸をつなぐもの」という去年のらぶフェスからの定義が踏襲されたものになってましたね。

でもそこからさらに踏み込んで、「ここからは狭間の刻(とき)。生ける者とそうでない者が互いに混じりあい…」っていうような説明をしていて、あぁ~~怖い話をしすぎて境目があいまいになっちゃったやつですか!?って思いました。※後付けで

というか、皆さんらぶフェスに関してすごい考察を重ねてらっしゃるなって思うんですけど、私の頭ではとてもそんな余裕がなくて!

だって推しが可愛くてかっこよくてそもそも16振りいるのやばい無理追い付かない!ってなっていたので、見終わった後から時間たって、あの言葉はそういう意味かなっておもったくらいです。笑

あとさっきもいったけど、らぶフェス=お祭り=彼岸と此岸をつなぐもの。という前提が去年からありすぎたので、あまり深く考えず「そういうものだ」って受け止めてるところがかなりある笑

 

で、そこからはじまる「Can you guess what?」。

バーン!!!!!っていうあの爆発音に慣れるまで3回かかった(2回目までギャー!って本気でびっくりして叫んでいた)。

あの曲やっぱハイパーかっこいいですよね!!!ほんっとに大好き!!!

みほとせぶりに聞けたのが嬉し過ぎてもうそれだけで涙が出たりしてた…

そしてやはり飽きずに青江をロックオンしてました…!

あらきさん、ご本人がブログに書いてらしたとおり、最初は体調が本調子ではなかったみたいで;;武道館は確かに踊り方がかなり通常比で抑えめだった。そしてそれを青江担の友達は「結果としておしとやかで、それはそれで最高だった」と評していました。…たしかに!?笑

だけどたまアリのころには完璧にいつものおどりくるう青江くんがかえってきてて、あ~~!元気!ダンス!ひとりだけやたら激しい!!!すき!!!ってなりました。

あらきさんのあのスタイル、青江をやらずに何をやる?って感じで…いやどの役をしてらっしゃるときもお美しいのはよくよく存じ上げておりますが、

にっかり青江の通常衣装とあのライブ衣装があんなに似合う人、絶対他にいないよね。。

 

ここから全曲に触れてるとしんじゃうので、ばーっと飛ばしますけれども、そして飛ばすともう曲順とか全然わからないんだけど(ディレイ買い忘れた)、

個人的に心に刺さって衝撃が抜けない曲に触れていきますね~!

 

Get Your Dream

…イェーーーイ!!!!!!だめな曲~~~~!!!!!!!

ダメっていうか、あの、もうこの曲好きすぎて、砕いた魂の欠片とともにアイアに記憶が眠っている曲だから(こわいわ)、生で聞けて、わたしはもう…といいつつ、4人なことにはどうしてもウッとなりつつ…

振り付けがね。。サビの振り付けがね。好きすぎてね。

もうツイッターでもブログでも過去に何回言ってきたかわからないのにまだ言いますけど、

「二度とないこのチャンスを」でぐいんって激しく腰を反らすところの清光が好きすぎて、あれが見えないとしんでしまうんですけど、そして席によって見えなくて実際しんだこともあったんですけど、

たまアリはすべての回でクリアにみられたので、そこに悔いはありません!!!

200レベルから見てる時、すべての瞬間を取りこぼしたくなくて、ペンライトは赤に点灯させるけど振ることはせず首からさげて、両手でオペラを構えて清光を追い続けたら、

歌が終わる頃には涙が止まらなくなっていた。

あのね、私は幕末天狼傳がずっとすき、ずっとずっと、一番すきだよ…!!!!!涙

 

★mistake

こーれーさー!!!!なにがやばかったかって!!!

衣装が、阿津賀志山バージョンだったことー!!!!!号泣

あの衣装ほんと全員すきで;;まじで好き;;さいこう…やっぱり始まりの姿だから、思い入れがありすぎるんだけど、

それを着て!あの!mistakeを!!?ってなって、ほんとうに感極まりました。

ツイートもしたけど、あの衣装姿のmistakeが生で見られるのはさすがに最後だったかもしれないなって思ったりして…ね…

まぁ本来のmistakeは最初の黒いマント着用スタイルなわけなんだけど、いやでもあのマント脱いだ後のね、あつかしのライブ2形態目の衣装が好きすぎるんですよ…

あと、途中から参戦する源氏兄弟の跳躍!回転!!!のすさまじさには毎度客席から悲鳴が上がってましたね!

どうかんがえても、やっぱりmistakeは特別なんですよ、なぜなら私の名前は沼ミステイク(うるせえ)

この曲がライブナンバーの一曲目だったことで、ミュージカル刀剣乱舞はすでに勝利を確定させていたよなって思ったりします。それくらいの力と魅力にあふれている曲だと思う。

あと去年はおそらくコンディションがベストではなかった三日月が絶好調すぎて、元気いっぱいにドヤドヤしく歌ってる姿見られたのも嬉しかったです!

去年はほんと、みててちょっとつらかった、ほんとはもっと歌いけるのにね!?って思っちゃうしんどそうさがあったから…元気がいちばん!笑顔がいちばん!!!

 

★美しい悲劇

あのさぁ(とりあえず動揺するとあのさぁから始める癖があるらしい)。

この曲、ほんと、一曲で伝説残し過ぎじゃないです?????なんでそうなります??

そもそも、らぶフェス2016で、堀川くんと!?清光の!?デュエット!!?ってなって審神者たちは泡を吹いたわけですけど、

そしてそこに、単騎出陣のあの突然の緊縛と目隠しという空恐ろしい演出により、ほんとに頼んでないオブザイヤー2017を打ち立ててたわけですけど、

まって。さらにそこに?

なんで三日月と清光でデュエットしてくるの!!???

ほんとにな~~びっくりしたな~ハァ~~予想を裏切ってきすぎる刀ミュ、まじでこわいな~~!!??!?

まず曲としては単騎でやったばっかりなので、イントロがかかったときに「おわ!?また美しい悲劇きたか!?」ってそこに意外性をまず感じていたんですけど、

床に流れ落ちるスモークの中に立ってるのが、どうみても三日月宗近で。

そして聞こえてくる「うぉーーうぉっうぉっうぉーうぉおおおーー」の声、どう考えても加州清光で。

何…がおこったの…って、ほんとうにしばらくわからなくて、ペンライトのつけ方を忘れました(実話)。

いやさ…あの二人が並びたつと…なんていったらいいのかな、説得力でなぐられるっていうか、ねじ伏せられるっていうか…

実力が拮抗しすぎていて、しかし特徴や魅力は正反対すぎる組み合わせっていうか…

水と油とまではいかないけど、それこそ、色は「青」と「赤」なわけですよ。まったく別な特性を持っている、それぞれに素晴らしい魅力の持ち主である彼らが。

ミュージカル刀剣乱舞をしょって立つ双璧、アイコン的存在である、そのふたりが。

同じ曲を、一緒に、デュエットで歌っちゃいますか…!!!!!!涙 いやプレライでやったけどさ!!?でも16振りいるなかでやるのではまた意味が違う…

もうなんか歌の力がもはや暴力だったし、眼前に繰り広げられる景色がつねに美しすぎて…もう…わたしはどうしたらいいのか…

「傷をかばい 心おかされても 2度と戻ることなんて できないと 知っているのに」

って歌う天下五剣についてどう思いますか???私は大好きです!!!!

なんだろう、まりちかさまのドヤっぷりが、もう最高にいい方向に炸裂してた…なんなら歌いながらうっとりしてたでしょちょっと!!?もう!最高

そして清光はあまり悩ましそうに歌い踊るのはやめてほしい。あれでは美しさで国が傾きます。傾国の美女になってしまうよ…

わたしのらぶフェス2017のハイライトは何を隠そう、ほんとにここですよ…

前も書いたけど、流司くんに握手会で「幕末天狼傳の二部曲でどれが一番好き?」って聞いた回答が「美しい悲劇!」だったので、三日月と清光でデュエットした感想を機会があればきいてみたいなって思いました。笑

あー思い出したら最高すぎて具合が悪くなったからつぎにいこう。

 

★新曲!けものみち(仮)

これ、やばくないですかーーー!!?????

ストーリー進行上の新曲が発生するのは、たしかにそうね!うん!って思ったの!ろうそくの曲!

だけどまさか、ライブパートで新曲ぶち込んでくるとは思ってなくて、本当に本当に驚いた…!

美しい悲劇で頭が見事にパーン!してるあとに新曲のターンだったので、ほんとうに最初、ついていけなくて。私が記憶障害を起こしていて知っている曲が思い出せないのかと思ったくらいですが、そんなわけあるかい!笑

まわりのお客さんも、あんまり刀ミュ慣れしてない感じの人は「え?こんな曲あった?」みたいに困惑してたんだけど、いいえ違います!まさかの!ド新曲なんですよ!!?って心の中で呼びかけていた。

まじでかっこよすぎませんかこの曲…?

出だしの、ぱきっとしたLEDライトの眩しい背景に、刀剣男士たちがシルエットだけで浮かび上がるの、最高にかっこよくてここでも鳥肌が!涙

1!2!345!のあとにひい!ふう!みーよーいつ!って数え方になるのもウォォミュージカル刀剣乱舞~~~!!!ってなるし…(←説明してるとみせかけて何も言ってない)

最高って言葉はこういうときに使うべきですよね!?ってなる!

曲調がね、なんかオラオラしててね!?

今までの刀ミュ二部曲ナンバーにはなかった感じの曲なんだよね!?

そもそも歌い出しで「ゴォッ!!!」て炎が噴き出す演出が倒れそうにかっこよかった。(アリーナのかなり前列で見た回があったんですけど、あの炎があがる瞬間めっちゃくちゃ体感として熱くて!熱がものすごかったので、男士のみんなまじで大変だったんじゃないかな!?)

目が忙しすぎて例によって歌詞はほぼまったくわからないんですけども、なんだろうね!?男の生き様!みたいな!?俺たちはカッコつけて夜の街を駆けてくぜ!みたいな!後ろは振り返らねぇみたいな…まじで…みんなの背中に惚れそうな曲…しぬほどかっこいい…

あと途中の、グラフィックポイを回す演出!(回すと映像が出るあの光る棒の名前はツイッターでしりました、便利)

そこのメンバーがまた!!!ね!!!はい、ここに当然のように選出される清光!!!っていう。推しが活躍すると嬉しいモンペです。

出てきた映像、真剣乱舞祭の青いロゴと、ミュージカル刀剣乱舞の金色のロゴと、あと一個なんだったけね?5回みたのに思い出せんよ笑

そして「己に牙を剥け!」のからちゃんのまぁ恐ろしいほどまでのイケメンっぷり。かっこよすぎて顔が大写しになるスクリーンに、ひびが入るんじゃないかなって思いました。

倶利伽羅推しのみなさん、ほんとうに、財木くんがからちゃんでよかったよね…って思うの…あんなかっこいい姿で三次元に顕現するとかありえなくない??

っていうのを、刀ミュはどの男士に対しても思うから、本当にキャスティングが神がかりだよね…!

あとサビの「振り返らないのがけものみち!」の振り付けを踊る清光が、ちょっといかんせんセクシーすぎて、やっぱり国が傾くのでやめてくださいと思いました。

そのあとの振り付け、二拍ぶんで横に二歩ステップ踏んで動く動きはそこだけ妙に可愛いので、ここのギャップもまじでオススメ。オススメとは。

あ~~早くタイトルが知りたいよね!けものみち(仮)って言い続けることになるよ!?

CDでシングルカットされて発売になるって固く信じています。。。もう16バージョンジャケット違いでだしてランキング1位とろう?16振りあればいけるよ!?もうそのつもりですよね!?

たくさん買うので本当にお願いです今すぐCDを出してください!!!

 

★えおえおあ→KEY MAN→SAKAZUKI華兄弟

ついに、内番姿で、客席降りを…やりおった…!!!すなわち死

もーーーほんと、全編にわたって可愛かったですよねええええ!!!!!!!涙

今回推し運はあんまりなくて、降りのときに間近で推しを見られる機会そんなにはなかったんだけど、16振りが内番姿でそのへんウロウロしてるのってまじでやばすぎませんか…奇跡が起きすぎてて倒れてしまう…

清光のあのたすきがけ姿、ほんと…天使…えおえおあ、腰をキュッて誰よりもおおきく動かしておどるの…なんなのかなあのこ、国宝かな???

武道館の東スタンドだったときは真下に来てくれて、1階席後方を見上げて手を振ってくれたりしてる姿が見れたのでそれが一番近かったかな!!

あとたまアリで200レベル最前の前通路を、ぴょんぴょん手をふって跳ねまわりながら駆け抜けていく姿もウルトラキュートでした、周りに花が舞っている様子が見えた…;;

あと私謎に大倶利伽羅運があって、入ったほぼすべての回でからちゃんが近くにいたという笑

えおえおあをみんなで主さんたちに教えちゃいます!のところ、ぜんっぜんやる気がなくって、腰に手をあてたり耳元に手をやったりしてるんだけど、最終的にはちょこっとだけやるんですよ!からちゃん!

「え・・・あ。」くらいの超絶なげやりえおえおあ!シュッってすばやく手をあげて、またシュッと戻してしまうっていう…ほんと可愛い、あれ見られたの嬉しかったなぁ!

他の男士たちに「ちゃんとやってる?」みたく見られてもふいってそっぽむいちゃうし、だけど全くやらないわけではない、っていう、あのざいきからちゃんの匙加減、天才だな~って思いました!!

 

KEY MANも、そもそも思い入れしかない好きな曲すぎて、こんなに盛り上がる降り曲は全作品通してほかにないからぜったい今年もやって!?って思ってたら、夢かなってうれしかったです!

兼さんが「よぉし!主たち、その手ぬぐいを上に掲げてくれー!」で期待値はマックスだったんですが、初回みたときはイントロで嬉しすぎて叫びました;;

あとこれは武道館2公演目でみたんですけど、アリーナに降りてる清光と三日月が、ちょうどセンターステージの正面通路で出会う→なぜかその時に三日月が清光に自分のタオルをぐいぐい押し付けはじめる→なにやってんだ~かわいいかよ~と思ったら、次の瞬間にはなぜか手に持っている二人のタオルの色が変わっていて!笑

男士たちのタオル交換って、あの二人が始まりだったと思うんですよね!!後半みんな全然違う色のタオル持ってたよね!笑

しかもその色の違うタオルをもった状態でセンステに戻ってきて、「ふーみしめたーせかいはーかぎりなくてー」で、お互いの色のタオルを頭上に掲げてニコニコ横に揺れなさるという。なんなん!かわいいか!!!!!

っていうかね…三日月さんがはしゃぎすぎなんだと思う、主に…笑

そのあとメインステージいちばん上手側で清光は歌い終わりを迎えるんですけど、隣にいる小狐丸に「え、なんでタオルが青いの?」みたく聞かれてるっぽくて、そのやりとりもまじでめっかわでした。

清光は説明する感じで「いや、なんか、あの人が~!」みたく、反対の下手側にいる三日月の方を振り返ってたと思います!幻覚かなと思ってたけど同じ景色見てる方がいたので、事実だった!笑

 

そして贅沢に降り3曲目、SAKAZUKI華兄弟!あの曲つはものでもすでに好きだったんですけど、余計好きになったな~…

テンションの様子が完全におかしい曲、歌詞がずっと突き抜けてるよね!あっ刀ミュはわりといつもそうだけど!笑

あちこちで可愛いことが起こりすぎてて、結局どこを見たらいいのかわからなかったんですが、武道館で見たアリーナセンステに残って踊ってる青江が、ほんとうにたおやかで、美しすぎて目がとれるかと思ったのがひとつ思い出に残っていますね!

萌え袖ジャージがあんな似合う人いる…?いなくない?奇跡すぎん??

ふんわり笑顔でポニーテールなびかせながら踊ってらっしゃったし、明らかに脚が長すぎて舞台上で余っていた、花が咲くような美貌が天まで届きそうだったわ…

今年の武道館は、いつもの清光推しの私と友達+青江推しの友達と3人で人生初の3連をやったんですけど、まじでまじの目の前で、この美しい青江が踊っていたので、友達に心の中で拍手を送っていました。ほんとーーーーに、かわいかったね!!!!涙

 

あともはやどの曲のタイミングかはわからないんですけど、たまアリで元気いっぱいにはねまわる沖田くんが見られて…!号泣

沖田くん、ほんとうに誰よりも元気…とっちーさんの身体能力がそもそも高すぎるので、野に放たれた(概念)沖田くんを止められる者などだれもいない、みたくなっていた。笑

新撰組の3人で、たまアリのアリーナ一番外周通路を歩いてくるのが見えたことがあったんだけど、最初に近藤さんかな?が、200レベル最前のお客さんの新撰組うちわにきづいて、おぉー!みたく指さす→それをみた沖田くんが、なんとお客さんからうちわを奪って、自分の顔をあおぐ、っていうのをやっていて…!

そのときの沖田くんのお顔が、ほんとめちゃくちゃはしゃいでて「わー!!!」ってかんじのニッコニコの笑顔で…!

そしてうちわを返したあとそのまま外周通路を爆走し、両手こぶしを上下に交互に突き上げながら飛び跳ねる、っていう、まじで元気200%、労咳の気配など1ミリも感じさせない沖田総司さんでした。

あんまり元気でかわいかったので、目の前にきた時は友達と二人で「おぎだぐうううん!!!!がわいいいいいい」ってものすごい声で叫んだよ。笑

幕末天狼傳好きな人がみんな言うんだけどさ、沖田くんが元気なだけで、わたしたち涙出ちゃうよね…仕方ないよね…!!!

太鼓叩いてるときも誰よりも跳ねる!力いっぱい!って感じで…

あの感じの沖田くんと一緒にはしゃぎ倒す安定も見たかったけど来年叶うかな!?涙

 

そしてここまで書いて、とっくに1万字超えてしまったので、そろそろ店じまいに入ります…笑

 

百物語の最後の一話を語ろうとする青江、そしてそれを優しく静止する石切丸、

てんてんてのひら、で始まる新曲。

このあたりはそれこそ青江をいちばん推している方にお任せして、みほとせでキャッキャ騒いでいる程度の私などから語るべきことは…!って感じなんですけど、

友達に言われて確信したけど、あの曲は絶対、みほとせで時間の尺の都合でカットされていた曲だよなって思うんですよね。曲調と、歌い始める前に流れるメロディーがみほとせ劇中曲のそれなので。

みほとせの青江は、ずっと一歩引いた立場に徹していて、明確に自分の思いを言葉にのせることもほぼないし、とにかく見守る役であり続けた印象があります。

キャラクターとしての描かれ方は、おそらくみほとせで一番描写が少なかったそんな青江に、らぶフェスという場で新しい歌と役割を付与する演出をつける刀ミュが、本当に信頼できるなって心から思いました。

てんてんてのひら…って、国内楽で聞いてたらまじで涙でたよ…。

みほとせ、本当にやさしい物語だったよな、ていうのも思い出して。

あとね、石切丸の静止の仕方が「最後まで語ってはいけないよ」ではなくって「途中でやめにしてもいいんだよ」的な、しちゃだめ、ではなく、しなくてもいいよ、なのが、またね。

ミュ本丸の刀剣男士たちは、お互いの考えでぶつかり合うことはあっても、押し付けることはしないんですよね…お互いのことを尊重しあっているからこそ、必要なときに寄り添うことができるというか。

自らの足でしっかり立ってる人たち同士の物語だからこそ、いつもこんなに胸に響くのかなって、改めて思ったりしました。

 

そしてそのあとのかざぐるま…!

村正のあのソロの歌い出しが公演中から大好きだったんだけど、そして微笑みながら「ふっ」て息を吹きかけてかざぐるまを回し始める仕草には、涙が出そうになるんだけど!

かざぐるまの曲、公演中は全員で歌われることがなかったのが、ちょっとさみしいなとも思っていたんですけど、まさかの6人全員で歌ってくれて…しかも新しい歌詞まで。。

本当にもう、おい~~!?どこまでもやってほしいことをやってくれるよなぁ?!?泣かせるよなぁ~~!!!?

そして最終的には16振りが勢ぞろいしてのかざぐるまへ。

いろんな役目や主の思い出をそれぞれに背負っている彼らが、

「風の吹く方角を見極めればこそ 永久に回りつづけるかざぐるま」っていう歌詞を、

いったいどんな気持ちで歌ってるんだろうって思うと、どうしたって涙でちゃうよね…

公演のラストにあの曲を全員曲として据えた構成が、本当に天才的だと思いました。

 

そして最後の刀剣乱舞、ポップアップでしゅぱーん!って出てくる天下五剣が衝撃的すぎて、初回で気づいてからずっとオペラでロックオンし続けたり、

歌い出しがまさかの清光で「一陣の涼風に髪をなびかせ」の単騎出陣バージョンだったことに泣いたり、

なんかほんと…最後まで目も耳も忙しくて幸福度が常につきぬけてる、ちょっとわけのわからない時間でした。

らぶフェス、こわいよ。ほんとにもう。

去年の「加州清光は、三条の手中にあり!」「はぁ~!?…うわー、バチバチバチ!」で十分すぎるくらい、えらい目に遭った気がしてたけど、

なんか、ね。。何を予想してもそれを越えてくるのがミュージカル刀剣乱舞だなって、改めて…。

年の瀬に、本当に素晴らしい夢を見させてもらいました!!!

(国内楽のあのサプライズ発表の仕打ちはいっかい忘れることにして)コンテンツとしてやっぱ信頼ができすぎる。

今年は念願だったアリーナベイベー(出典:大海帝祭)もできたし、本当に本当に、楽しかったです…。楽しかったっていう言葉じゃとてもじゃないけど語りつくせない。

国内楽では聞けなかったけど、必ずまた会おう!って三日月も約束をしてくれたし。

永遠に続くものなんてないし、「ずっと」っていうのは実現できない日本語だってわかってはいる、だけど「永遠を信じたいんだ 思い出はタカラモノ」だし、

彼らに会える今をこれからも大切に、私は命を燃やして生き抜いていきたいと思います!

 

はーー書きたいことがまだまだあるけどもう仕方ない!ここらで打ち止め!

お忙しい年の瀬にきがくるった長文をうっかり読んでくださって、まことにありがとうございました!完!

刀ミュ つはものどもがゆめのあと 三日月と歴史について考えた感想

つはものどもがゆめのあと、東京公演が終わってしまいました。は、早い…。

まるで刀ミュじゃないみたいなスケジュール!って何度も思ってしまう。

だって、国内60公演あったのが、今回30ちょっとだもんね!?だけど演じる側の負担を考えると、このくらいの回数が妥当だよなぁとも思います。

東京公演の間、3回観劇してきました。

 

今回の作品、すでに巷には数々の考察があふれているようにお見受けします。いや~この内容では無理もないよね!笑

わたし考察は別に得意じゃないので、、なんというか、作品を作った側が観客に伝えたかったことを、自分なりに受け止めて、それを言葉にしたい、という抗いがたい謎の欲求にもとづき、いつものごとくまとまらない感想のようなものを書きます!

あと他の方の感想を先に見てしまうと、自分がもともと何を言いたかったのかわからなくなってしまうので、現時点では特に何も見ていません!

なので「そんなんみんなゆっとるやんけー」な内容があって当然ということでよろしくお願いします。もちろんネタバレ前提だよ!あと過去作にも一部触れるのであわせてご注意ください!

といいつつ、三日月の話しかできません今回!彼のことが頭からはなれないよー!えーん!!!!

 

 

◆今作における「歴史」のとらえ方について

三日月について深く語る前に、まずここの部分で自分の頭を整理しておきたいなと思います。

つはもののストーリーの中で今回、三日月は「たったひとりで」「何度も同じ時代に行き」「頼朝や藤原泰衡と出会い」「義経が生き残ってしまいそうになるたびに、歴史を軌道修正してきた」という、衝撃的な事実が明かされます。

歴史を守る、というのが、刀剣男士である彼らの使命です。

あくまでも刀剣男士としての在り方に忠実であろうとする小狐丸は、積極的に歴史に介入しているとも受け取れる、そんな三日月の姿勢に強く反発し、ふたりは真正面からぶつかりあいます。

しかし小狐丸とのやり取りの中で三日月は、歴史を守るのが自らの使命だということについて、「全く同じ見解だ」と、異論はない様子を見せます。

ではそんな彼がなぜ、歴史上の人物の前に直接姿を現し、あろうことかその先の未来に起こることを本人にすべて伝えたりなどするのか。

そんなことをしてしまっては、歴史修正主義者と何も変わらないのではないか。

小狐丸と同様に、見ていて私も最初はそういう風に感じたのですが、三日月は途中でこんなセリフを言います。

「小狐丸。お前に一つ教えてやろう。歴史とは、水の流れのようなもの。確かな形など、最初からありはしない。」

 

この、水、という表現がどういうことを表しているのかを考えてみたんですが、結論は三日月がはっきり言っている。そこに「形」は存在しない、と。

その意味をより深く自分なりに考えてみたんですが、

「時間の流れがたどる道筋や速さには大筋の決まりがあるものの、そこにはある程度の揺らぎが生じることもありえ、最終的に流れ着く先が所定の範囲内におさまっていればよい」ということなのかな…?と思いました。

つまり三日月がやっていることは、その時の歴史がどのように流れていくかを傍で見守り、大きく流れが逸れそうになった時には、邪魔になりそうな石をどけたり、すこし川床を深く掘ったりして、その道筋を誘導してあげているようなものなのかな…?と思ったんです。

 

だけどやはり、問題になるのは「歴史上の登場人物たちに、直接歴史を明かしてしまう」というところ。

流れを正しい位置に戻すためにせよ、そんなことをやってしまって、本当に歴史が変わらないといえるのか?と疑問だったのですが、

今回の行為が可能なのは、もしかすると遡行先が千年以上前という、だいぶ昔の時代だったからなのかな?と思いました。

なぜかというと、序盤のほうに「千年も昔のことなど、誰にも本当のことはわかりはしない」っていうような三日月のセリフがあって。

「どういう意味ですか?」といぶかしげに問う小狐丸に、三日月は答えないまま終わってしまうのですが、例えば今回のように、本丸からの遡行先がそれこそ千年以上も昔の時代にまでいくと、時間が隔たっているぶん、確固たる歴史というものは成立しにくくなっているのかな?と思ったんです。

時代を遡れば遡るほど、事実の特定は難しくなり、歴史解釈の幅が広がる、というのは現実の世界においても、ごく当然のことだと思います。

遡行先の時間との隔たりが大きければ大きいほど、歴史解釈はあいまいなものになり、小さな違いやズレも「今」という時間の終着地にたどり着くころには、あるべきところへ自然と修正されやすくなるのかな?と。

 

さらにそれを裏付けるかもしれないのが、幕末天狼傳の設定かも、と思ったんです。

幕末天狼傳では、安定が自ら志願して、新選組に潜入し時間遡行軍から新選組を守ることになりますが、歴史への干渉を最小限におさえるために、安定は自らの元の主である沖田総司と、言葉を交わすことを禁じられます。

そして隊長である蜂須賀虎徹は、安定に潜入を許す理由として、「歴史の流れは、大きな川のようなものだ。小さな変化は、のちの世に大きな変化を起こしはしない。残ったとしても、それは歴史解釈のうちにおさまる。そこを突けばいい。」と述べます。

(※初回観劇のあと思い出そうとしたらここのセリフうろ覚えだったので、今スマホからDL版をチラ見しました。ロスで心がしにました。…話をもどします。)

 

これは友達に言われたんだけど、三日月の感覚では、歴史は「水」だけど、はっちの感覚では歴史はもう「川」になっているんだねって。それを言われて膝を打ちました。

幕末と平安末期とでは、男士たちがいる2205年の「今」との隔たりの大きさが、数百年単位でまったく違います。

幕末天狼傳の時代は、歴史の終着点である「今」により近く、その分解釈が許されうる幅も小さいのではないか。だからこそ安定の潜入は、歴史上の人物への接触を最低限にしなければいけなかったのではないかな、と。

三日月の行為が有効なのは、もしかすると彼が生まれた平安時代あたりまで限定になるのかな、という風に思い、自分なりになんとなくですが納得しました。

いや、三日月が人を惑わす(というか軽く操れる)力を持っているっぽい点を加味すると、それなんでもありやん、ともなるんですけど…笑 

三日月のこの力の描写については、わたし正直あんまり掘り下げていなくて!

いや~天下五剣だもんね!長生きしているもんね!彼ならあり得るかもしれん、とつい、思ってしまうので。。神様だし。笑

あと小狐丸も、気を失わせた後の頼朝を「ふん!」って揺り起こして、彼の本心を垣間見ているので、不思議な力をもつのは三日月だけではない疑惑もあり(古い刀達に、もしかしてちょっとずつあったり?)、とりあえずいいかな、、と思うことにしています。なんか、わかんないけど、この理由をゲーム設定の奥に潜んでいそうな怖い部分に求めたりしたくないんだ。という逃げ!

 

◆三日月の心情について

三日月の一連の行為は、主の命ではなく、彼が勝手に自分の判断でやっていることだということも併せて劇中で述べられます。

三日月がなぜそんなことを一人でしているのか、主はこのことを知っているのか、と問い詰める小狐丸に、答えない三日月に変わり、僕なりに導き出した三日月の考えを、僕が彼を演じて答えるよ!という髭切が回答するのですが、その三日月(になりきった髭切)の返事はこのようなものでした。

 

「歴史を守るためとはいえ、兄弟を争わせ、友と友とを殺し合わせる。そのようなこと、主は知らなくていい。汚れ仕事は、俺が勝手にやればいい。主の心を、かげらせたくはない。」

 

私の勝手な感覚ですが、たぶん、これは半分くらいはあっていて、残り半分はちょっと違うのかな、という気がしています。

三日月が主のことを思って、自己犠牲でやっていること、というわけでは、100%ないんじゃないのかな…。少なくとも彼には、自己を犠牲にしているつもりはない気がする。

 

三日月が、敢えて直接頼朝や泰衡に会う道を選び、さらに自分の行為について、主を含め誰にも口を開かないのは、

それが「自分にしかやりようがなく、誰にも理解してもらえないことだ」とわかっているからじゃないのかな。というのが、私が感じた答えです。

 

「なぜ頼朝や泰衡に本当のことを教えたりしたんだい?なにもそんなことをしなくても…」と髭切に問われて、三日月はこう答えます。

「頼朝や泰衡は、俺と似ていてな。…のちの世に、形が残ったもの。亡骸ともいうがな」

それに対して髭切は「そっかぁ。同じく確かな存在である君は、歴史に残った彼らに、感情移入してしまうんだね。」と返します。

感情移入しているかどうか、ということについて、三日月は否定も肯定もしないのですが…。

千年もの長い時間を、いつかは必ず壊れるはずの「かたちあるもの」である刀が、磨りあげられた過去はあるとはいえ、時代の動乱を越えて残り続けるというのは、奇跡に近いことだと思います。

しかも三日月は、天下五剣一と言われる美しさまで兼ね備えており、誰もが特別だと認める刀です。

そんな彼が人の身を得て見ている世界は、おそらくは主にも思いの及ばない、まったく別なものなんじゃないのかな…。

 

形をもって残っているということは、目の前を過ぎゆくもの、散っていったものを、誰よりもたくさん見てきたということ。

確かに三日月は、髭切が推理したとおり、自分と同じように歴史上に確かな存在として残った人物たちに、心を寄せている部分もあるのかもしれない。

でも彼らとて、人の身である以上、限りある命。三日月のように、永遠に近い時を生きることはない。

歴史の流れの前では、人ひとりの思いなど、風の前に散る花びらのような儚い存在。

だけどその瞬間、頼朝も義経も泰衡も、彼らの生を、ただひたすらに、懸命に生きている。

歴史における一つの駒のようにも捉えられかねない彼らにも、たった一度きりの人生がある。

三日月は、歴史を守るという役目を果たしつつも、その中でできる限り、ひとりひとりの命の散り際を、少しでも本人の意に添うものにしてあげようとしていたんじゃないかな…って思ったりしました。ある意味では、慈悲をかけるように。

それを、のちの世に長く残ってしまったもののさだめのように捉えて、一人で受け入れているんじゃないのかな…。どちらかというと、主のため、というより、自分自身の納得のため、といいますか。

 

つなぎ留められない、時間というものの流れの無慈悲さ、その真実を、誰よりもわかっている彼が、「歴史を守る」という使命を帯びたとき、そのアプローチが他の男士とは違うものになるのも、なんだか当然のことのように思えてきました。

 

最初に、「誰にも理解してもらえないとわかっているから」って、投げやりなようにも聞こえる言葉を使ってしまいましたが、それは、どうせわかってもらえない、っていう意味じゃなくてね。

ある意味そこには、三日月の自負心もあるように思えていて…。

歴史の流れが淀み、意図せざるほうへ行こうとしたとき、その流れをもとある場所へ導きつつ、同時に人々の心に寄り添うことができるのは、自分だけだと。彼ははっきり、そう思っているのではないでしょうか。

 

だって何度も何度も、だよ。劇中の様子だと、一度や二度じゃなく、三日月は頼朝たちに出会っている様子なのです…。

普通に考えてさ、そんなこと繰り返してたら、精神が持たないような気がするのね?

歴史の流れによっては、今回のように、頼朝を惑わせて義経を殺すように仕向けたりしないといけないん、だよ…?

人の身をもつ刀剣男士たちには「心」があるって、阿津賀志山異聞から一貫して、触れられてきています。なので彼らの心も人と同じように揺れ動き、悲しみを負ったり傷ついたりするものだという点は、間違いないでしょう。

だけど三日月は、そんな柔らかな「心」を持つ存在になっても、自らを見失わずに、何度も同じ歴史を見守っては、時を渡って帰ってくることが、できている…。今のところは。

それができるのは、本丸の中でおそらく自分だけだろうって、思っている部分も三日月には絶対にあると思う。

このような苦しい役目など、とうてい若い皆には任せられまい。という、三日月の思いが見えるような気がするんです。

長い時を経てなお、確かな存在として今ここに残っていること。その存在が揺らいだことなど一度もなく、しかも人々に称賛される類稀なる美しさまで備えたまま、こうして今生きている。

そんな自分なればこそ、できることもあるのだろうと、三日月は一人で静かに決意しているのではないかな、と感じました。

 

そしてその行為の根底にあるのは、何より「圧倒的なやさしさ」なんじゃないかなって思います。

やさしさを感じる描写は、本当にたくさんあって…。

三日月が泰衡と語り合い、彼にその先の歴史を話して聞かせるシーンが、終盤に出てきます。

義経が生き残る歴史はそれこそ地獄である、義経を死に追いやることで、戦乱の世は防がれ、歴史は守られると説かれた泰衡は、その事実に当然のことながら耐えきれない様子で「なぜ私にすべてを教えてくれたのです?三日月殿の力なら…」と言うのですが、三日月はそれには答えず「蓮の花が、うつくしいなぁ」と、ただゆったりと笑んでみせます。

「何度目だろうか。泰衡。そなたとこうして、蓮の花を愛でるのは」

もちろんそのことを覚えているわけのない泰衡ですが、彼は「覚えていなくて、申し訳ない」と三日月にすまなそうに頭を下げます。

それに対して三日月はぐっと目じりをさげて「そういうところ、よっ!」とおどけた調子で、返すんです。

ここのシーンで、あぁ、三日月は、生きている人間のことが、大好きなんだな…って思いました。

だって、これから何度目かになるかわからないお別れを、泰衡ともすることになるというのに。

おぬしのそういうところ、変わらぬなぁ、といった調子で破顔する、その奥にあるもの。

それをやさしさ以外のなんと表現したらよいのか、私はわからないよ…。

そしてやり取りの中で心を打たれた泰衡は、

「わたしは、わたしの役割を果たしましょう。三日月殿も、三日月殿の役割を果たしてくだされ」と覚悟を決めて、最後にこう言います。

「もしわたしの亡骸に出会うことがあったら、蓮の花を手向けてくださらんか。」

三日月は答えます。

「約束しよう。」と。

 

ここで、記憶を前のシーンにさかのぼらせて…泰衡に最初に会った時の描写では、三日月は彼に「友よ」と呼びかけ、蓮の花を手元にかかげて歌い始めます。

「貴様のような友などおらぬ。曲者が!」と斬りかかる泰衡ですが、三日月は彼の刃をひらりとかわしながら、蓮の花を差し出します。

「お前にやろう」と言って。

 

この、最初の出会いのシーンで、三日月が泰衡に蓮の花を渡しているその意味。

もしかしたら、その“前”の回に出会った時の、泰衡との約束の一部を果たす行為、なのかもしれないなって…。2回目の観劇で思い、心臓が止まりそうになりました。

もちろんこのときの泰衡は生きていて、亡骸ではないのだけれど…。

 

泰衡と最期の別れをして、一人になった後の三日月のつぶやきは、

「約束は守る。年寄りだからなぁ。」

というものでした。

彼はやっぱり、長く生きている自分にしかできないことをやっている、という、確固たる信念が、あるのだと思う…。

なんというか、そこにやはり、天下五剣としての自負心も、私は感じてしまいます。

劇中でものすごく好きなセリフがあるんですけど(なのにこの記事最初に書いたとき入れ忘れてどんだけポンコツかと思ったんだけど)、

「俺は三日月宗近。…たかが三日月、ほんの小さな光でも、ないよりは、あるほうがましだと思わないか?」

 公式のアンケートにも、印象に残ったセリフとして力を込めて書いたよね…。

誰よりも自分の存在感や、周りへの影響力を、自覚しているはずの彼が。

敢えて自分のことを「たかが」と表現する、その逆説的な部分が、かなり心にきます…。

この言葉をうけて、髭切は「うん、そう思うよ。」って穏やかな声で返すんだけど。

きっと三日月の周りの誰もが、たかがなんて思っちゃいないんだよ…。

同じように好きだったセリフで、髭切の「見えない部分も、月だったよ。」っていう一言も、ほんとーーーーに!!!もう!!涙

三日月が誰にも知られないところで心を砕いているその様を、自分なりに受け取った髭切のやさしさが…そうだね…見えない部分でも、彼は三日月として、とこしえの闇の中に、ひとり光を放っているんだ;;

強く圧倒的な存在感を持つものは、その面でも孤独を得ざるを得ないんだなと思うと、三日月の在り方に涙せずにはおれません。。

そして泰衡と別れたあとに始まる「しくしくくれくれ…」という歌い出しの三日月ソロが、とてつもなく、悲しい…!そしてまりおくんの歌唱力に圧倒されます。。

今回の開演前のオルゴール曲が、これなんですよね。。なんかもそれだけで「ウッ」となってしまっていたなぁ。。

 

歌といえば、三日月が最初の泰衡との出会いの場で歌う歌は「この花のように」というそうなのですが(ゲネプロレポで知った)、その歌詞がとんでもなくってね。。

「この花のように清く咲く その下には 濁る泥水」

っていう箇所があるんですよ。

ねえ、今なんて言った…?

その「濁る泥水」って、あなた、自分のこと言ってるでしょ…!?涙

となり、やはり話を理解してから見た2回目の観劇で、オペラグラス掲げたまま大号泣しました。。ちょっとこんなの、耐えられない!!!!!

あと「ぽん ぽん 聞こえるか」っていうのは、三日月にとっては、花はイコール命、つまりこれは命が生まれては消えていく音なのかなぁ、とか…思ってみたり…しました。つらい。とてもつらい。

花を愛でる三日月は、それはそのまま命あるもの、限りあるものを愛でている姿なのかなと。。

あとここ、まりおくんの声が本当に本当に、心底美しい…。元からお歌うまかったけど、つはもの、さらに腕をあげてきなさってて!

高音まで美しく透き通り、そして何よりも孤独がにじみ出ているような歌声です。思い出しても泣けてきそう。素晴らしいです。。

 

そして三日月のやさしさは、本丸の男士たちにも向けられています。

三日月の行為に関する描写とは別に今回衝撃的なのが、岩融と今剣がこの世に存在したことのない刀である、と明確に述べられる点なんですが、

三日月はこの「存在したことのない」彼らにも、自分なりのやさしさを向けていると思います。

自らが義経のもとにいた事実はないということを、今剣が知ってしまったらどれだけ傷つくかと不安を抱く岩融は、「ぼくは、そんざいしないのですか?」と尋ねてきた今剣に対し、「そんなこと、あるわけがないだろう!」と、明確に嘘の回答をします。

それを見ていた三日月は、岩融をともなって安宅の関へと向かいます。

「やさしさにも、いろいろある。」と言って。

そこで繰り広げられていたのは、まさに「勧進帳」で演じられる場面でした。

機転を利かせて白紙の勧進帳を見事に読み上げた弁慶により、一度は関を通ることを許される義経と弁慶ですが、役人に「その者、九郎判官殿に似てはいないか」と義経の顔を見咎められ、再び足止めを食らいます。

疑いを晴らすために、お前が義経公に似ているせいで、どれほど迷惑しているか!と吠えながら、一心に義経を打ち据える弁慶の姿を見て、岩融は「これを俺に、見せたかったのか…。」と呆然とした様子でつぶやきます。

「お前たちが、勧進帳の稽古をしていることは、知っておったのでな。」という三日月に、岩融は自分の今剣への行為が、独りよがりなものだったのかもしれない、と感じ始めます。

そんな岩融に、三日月は次のような言葉をかけます。

「敬愛する主を打った弁慶も、その弁慶を信じて打たれ続けた義経も、そしてその姿に心打たれて二人を逃がしたあの者も、皆、やさしい。」

「俺は、あの芝居が好きだなぁ。」

このとき、三日月が本当に穏やかな表情で、微笑んでいまして。。

君は…人が誰かにやさしい気持ちをかたむけているその姿が、好きなんだね…

そんな君が誰よりもめちゃくちゃ、やさしいんじゃないかな…って、思いました…。

またこの三日月の心配りをまっすぐ受け止める岩融も、また潔くって。

刀ミュ本丸の男士同士の関係性が、やっぱり私はとても好きです。泣ける。

 

そして、今剣へ示されたやさしさは、最後のシーンに結実していると思います。

今回のラストシーンで、義経は歴史上では死んだことになる一方で、ひっそりと逃げ延び、命を長らえることになります。

義経、逃げろ。そなたは今歴史上で確かに死んだ。だが、命までくれてやることはない。」と言う三日月に、もちろん男士たちはみな驚き、「それではれきしがかわってしまいます!」と今剣も切羽詰まったように叫ぶのですが、

三日月は「安心しろ今剣。これも歴史のひとつだ。」と答えるのです。

今回のように、義経が命を落とさずに身を潜めて生きていく歴史の流れも、三日月は経験済みだった、ということだと思うんですが。

ここに至る上で、私の中ではあるシーンがよぎっていて…

 

これも序盤のほうなのですが、月夜にひとり「名残月」を歌っている今剣のもとへ、三日月がやってくるシーンがあります。

その歌声を聞いて、今剣が歌う名残月は、岩融のそれとはちがう。あらわれているのは苦悩ではなく、思慕、憧憬の念といったところかな、というふうに解説をする三日月なのですが、ふと表情を変えて、今剣にこんな言葉をかけるのです。

「今剣よ。もしまた、義経とあいまみえることができたら…」

でも今剣はそれを遮るように「いいんです。」と殊勝な言葉を返します。

「僕がまた義経公にお会いできるとしたら、それは歴史が変えられそうになっている時ですから。そんな時は、来ないほうがいいんです。」と、自らに言い聞かせるように答える今剣に、三日月は「そうだな」とだけ返すのです、が…。

もしかしたらですが、三日月はこの時に、もし次にまた平安末期に時間遡行することがあったら、義経が死なずにすむパターンの歴史展開に、できるだけ誘導しよう、って決意したんじゃないのかな?って思うんです。。

最後、平泉で討たれそうになっている義経のもとへ、時間遡行軍が押し寄せてくるシーン。

三日月は今剣に「義経の元へ行け」と、その場を離れて義経を追うように言います。

「でも…」と逡巡する今剣に、三日月がかけるのは、

「思いを残すな。」

という言葉。

かつての主のもとにいた事実はなかったけれど、まっすぐに義経を愛し、憧れを心に抱いている今剣が、自分の存在の有無についても、ちゃんと向き合える日が来るように。

思いを残すな、っていうのは、単に元の主の最後に立ち会ってこい、という意味じゃなくって、お前は義経に、なにか確かめたいことがあるのではないか?というふうにも取れるなと思えて。

全てをわかっている三日月だから、今剣が前に進めるための機会を、自分にできる範囲で作ってあげたんじゃないのかな、って思いました…。

考えすぎかもしれないんだけどね…

あと、この「思いを残すな」のまりちかさまの言い方が!もう…!!!!涙

三日月に関しては、こんなセリフの言い方がなぜできるか!の連発だったんですけど…

ここも号泣してしまうシーンの一つでした…。

義経…行け!」も本当に涙腺がダメになる。

そこに覆いかぶさる鳥の羽音と、ピアノのイントロですよ…!

「後に残るものは 何か しるし」という歌い出し…

…なんて演出をするんだ…!天才なのか!??

 

そしてこの三日月のやさしさは、もちろん「強さ」に裏打ちされたものだと思うんだけど、それを思うと、どうしても。

幕末天狼傳で、兼さんが長曽祢さんについてはっちに語るときのセリフを思い出してしまいます。

「あの人は強ぇ。だが、悲しい。」

三日月についても、これが当てはまるなって…。

誰もが認める圧倒的な存在だからこそ、抱え込まなければならない孤独。

それとただ一人向き合って、誰にも理解をもとめることなく、淡々と歴史を何度も遡り、その行く末を見守っている…って、あまりにも、つらすぎない!!?なんでそんなことするか!!って悲しくなる!

 

だけど!私が刀ミュのことが本当にすきだな!と思うのが!ここで三日月が闇落ち描写されたりしないこと、そして、安易な解決に頼らずとも、物語の最後に光明を見せてくれるところ、です…。

ひとり途方もない孤独と戦っている三日月、彼はそれを誰かと共有しようとは、おそらく思っていないけど。

小狐丸は最後のシーンで「貴方のやり方が正しいとは思いません。でも、間違っているとも思わないことにしました。」と自ら出した結論を伝えます。

それぞれが正しいと思うやり方で、これからもぬしさまのために、できることをやっていけばいい、と。

それを聞いた三日月は「小狐丸殿…どうかな。茶菓子をひとつ。」と声をかけ、

小狐丸は「いただきましょう。」といつものようにおっとりと返します。

最後の戦闘シーンで、小狐丸は「三日月殿。…踊りますか!」と声をかけているので、和解というか雪解けというか…はすでに果たされているのだけど、平和な本丸で、こうして朗らかに談笑する二人をみると、やはりこちらの心もほどけます。

三日月は、やっぱり一人なんかじゃないのです。

彼の歴史介入の行為がこの先どうなっていくのかは分からないけれど、彼の周りには、ちゃんと正面からぶつかってくれたり、自分なりの考えを話して聞かせてくれる「仲間」がいます。

たとえば三日月が小狐丸の思いに打たれて「俺が間違っていた、こんなことはもうしない」…っていうような単純なお話では全くなく、

理解しえない考え方の違いもお互いしっかり抱えているけど、でもこれからも一緒に仲間としてやっていこうよ、っていうこの歩み寄りと信頼の姿勢が…!私の中での刀ミュ大好きポイントです;;!!!

 

 

今回つはものを見てから、三日月のことが頭から離れなくなっております…。

彼の描かれ方が、思ってもみない方向に進んでいったので、本当に今でも驚いてるんですが、だけどその描写にいやなところはひとつもなくて、よくぞこんな物語を織り上げてくれた。。という感慨で胸がいっぱいになってしまってます!

なんていうか、とにかく三日月にはしあわせになってほしい…心からの安らぎを得てほしい…やっぱり幕末組とかっぽれ温泉旅行してきてほしい…飲みましょう!!発動だよ!!!!

だけど変わらずに気高くつよい、食えないおじいちゃんでもあってほしい!えーーーん!!!!涙(まとまらない上に感情がぐちゃぐちゃ…)

ほかにも作品全体について言いたいこと、たくさんたくさんあるんだけど!とりあえず三日月についての思いを外に出さないとしんでしまいそうだったので、まとまってないですが、言いたいことをわーっと書いてみました。

最初に言ったけど考察ではなくて、自分なりの納得と感想の記録であり、最終的には三日月モンペになり果てたゆえの長文です。。そしてやっぱり、こんな風に思いを巡らせる機会を与えてくれる刀ミュがわたしはだいすきだ!!!

お付き合いいただきありがとうございました!

刀ミュ つはものどもがゆめのあと 11/4初日観劇後の感想(ネタバレだらけです)

ミュージカル刀剣乱舞~つはものどもがゆめのあと~ 無事に初日の幕があきました。

運よく初日のチケットに当選できて観劇してきたのですが、感想として心に抱いている感情はたくさんあるんだけど、何からどう言語化したらいいのかわからずにいます。

いろんな衝撃に満ちている、新作でした。。

何を書くか決めてないけど、とりあえず書き始めてみる…。

当然のことながらガンガンネタバレいたしますので、未見の方は以下ご注意くださいね!

また1回みたきりの記憶に基づいて書いていますので、間違いだらけかつセリフなどはニュアンスで受け取っていただければと思います!

さらに行きがかり上、刀ミュ過去作の内容にもいくつか触れることになるので、未見の作品がある方もご注意いただければ!

 

 

 

暗がりの中に朗々とひびく、艶やかな歌声。

徐々に明るくなる舞台上に現れたその声の持ち主は、小狐丸。

彼は主に請われ、勇ましく、しかし優雅に足をふみならし、ひとり舞を演じて見せていた。

ひととおり舞を終え、お辞儀をした小狐丸は「ぬし様は、何か心にかかることがあるのですか?」と尋ねる。

「…ぬし様が私の舞を所望されるのは、何か気がかりなことがあるときのように思えるものですから。思い違いでしたら、申し訳ありません」と。

しかし、小狐丸の予想はあたっていた。主の今の気がかりは、今剣なのだという。

つい最近本丸にあたらしく顕現した二振りの刀、髭切と膝丸。彼らは、源氏にゆかりのある刀だった。

彼らに触れることで、今剣がまた心を乱すようなことになるのではないか-。

そう心配した主は、小狐丸に今剣を気にかけてやってほしいと頼むのだった。

 

一方、当の今剣は、岩融と二人で、「牛若丸」の稽古に励んでいた。

源義経にゆかりのある演目を稽古して、いつか本丸のみなに披露しようと考えているのである。

そんな彼らのもとに、髭切と膝丸がとおりかかる。

源氏の兄弟は、さっそく自己紹介をするのだったが、岩融はひととおりの挨拶だけすませて、雑談をせずにその場を立ち去ってしまう。今剣はその様子を不思議に思いながらも、あわててそのあとを追う。

彼らを見送ったあとも引き続き本丸をぶらついていた髭切と膝丸は、今度は三日月宗近に出会う。

言葉を交わしてみたところ、なにやらお互いのテンポが似通っているらしいと気づいた髭切と三日月は、「気が合いそうだ」とそろって茶菓子をほおばりながら笑うのだった。

 

そんな中、平安末期を行先とした新たな出陣の命が、主より下される。

編成されたのは、今剣、岩融、小狐丸、三日月宗近、そして髭切と膝丸。

鎌倉幕府の成立を阻止せんとたくらむ時間遡行軍を食い止めるという出陣の目的を聞いて、今剣は自ら隊長に志願する。今の自分はかつてとは違う、義経公の歴史を守る役目は、自分こそがふさわしいと思う、と。

主は「はじめからそのつもりでしたよ」と柔らかい声で答え、改めて今剣を隊長に任命し、6人は平安の終わりへと向かって出陣するのだった。

しかし実は、髭切と膝丸は、それとは別な密命を、主より拝命していた。

その密命はふたつあり、ひとつはなんと「三日月宗近を見張ること」だった…。

今回編成された部隊のなかには、どこか不穏な空気が漂っていた。

 

 

 

冒頭のあらすじを書き出してみました!そしてもっとちゃんとしたやつがパンフの頭にあると思います。じゃあなんでわざわざ書くのか。笑

…なんかね!ほんとに!今回とにかく「不穏」な感じがするのです…!

みんな心の中に何かしらのひっかかりや本音を抱えているのだけど、それを隠して、表面上は穏やかに集っている、というムードに満ち満ちているんです。

これまでの刀ミュの本丸は、どちらかというと正面からのぶつかり合いが多くて、それぞれの男士について、口下手でうまく思いが伝えられない、とか、みんなを思いやるあまり一人で問題を抱え込む…といったような表現はあるにせよ、ここまで「隠し事だらけ」というような印象はなかったように思うんです。だってなにより「密命」だよ!?どういうことだよ!

え、みんなどうしたの?何を考えているの?主もふくめ、みんなの本心はどこにあるの?って不安になりすぎて、見てる間、中盤あたりでまじでお腹が痛くなりました。笑

 

今回の物語のキーは、源氏兄弟が拝命した密命のとおり、大きくふたつありました。

一つ目は、ずばり三日月宗近なんです。

源氏兄弟によって見張られることになるほど、彼の様子には、主からしても何か様子がおかしいところがある、という、不穏の極みの語りだし。

三日月というキャラクターに関しては、いつも泰然として、自分をじじいだというけれど戦闘になれば強く、常に穏やかに微笑むばかりでまったくもって底が割れない、というのがパブリックイメージではあると思うのですが、なんだかそれ以上に「皆に知られないように、その笑顔の裏で何かをひっそり遂行している」という様子が、ビシバシと舞台上から伝わってくるんですよ。。

まだ出会っていない義経と頼朝、ふたりを同時に守るために、二手に分かれましょう!となったときの編成について、自ら勝手にチームの組み合わせを決めてしまったり、

そうして自分で決めた部隊からも勝手に抜け出してしまい、あろうことか源頼朝藤原泰衡に会いにでかけていたり…!

これまでの作品を見てきた中で、私の中では刀ミュ本丸について、「まっすぐ」「素直」「明るい」「前向き」といった確固たるイメージがありまして、さっきも書いたことだけど、彼らの間に何かあったら、ちゃんと正面からぶつかりあって解決していくイメージがありました。

なので、そんなふうにともすると何を考えているのかわからない“悪者”っぽく描かれていく三日月に、まじで動揺がとまりませんでした。正直、見ていてものすごくつらかった…!

 

そして話が進めば進むほど、その動揺は強まっていくことになります。。

頼朝に会いにいった時、三日月はなぜだか彼に対して「友よ」と呼びかけます。

もちろん頼朝は「そなたのような友などおらん」と一蹴するのですが、そのあとに三日月はこう続けるんです。

すこし話を聞いてくれんか。弟の才能に嫉妬した、兄の話を…と。

「…は!!!???」ですよね…?

ちょっとまって?え、三日月?あんたなんしよん?なに考えとるん?どうしたん!?って、この辺りで腹痛がピークに達していた気がします。。見ていて、気が気ではなかった…

そして別な場面では、藤原泰衡について、膝丸が疑問を呈します。

「これは我々が知っている歴史ではないのではないか?泰衡は、頼朝を恐れて義経を裏切り、義経の首を頼朝のもとに送った臆病者だったはず。それが今回は、義経のために勇敢に戦ってみせようという様子に見える。これはいったいどういうことなのだ?」と…。

いやほんとどういうことだよってさっきからわたしも思ってるよ…ねえ、いったい何が起こってるの。。

もう、何を信じてみたらいいのか、わたしわからないよ…たすけて…こわい…!

って客席でなりながら観ていた。。

今話を振り返ってて思うけど、そりゃお腹も痛くなるよね…。

 

そんな三日月の様子をあやしむ小狐丸との対立が、またしんどくって…。

小狐丸は、偶然聞いてしまった髭切と膝丸の会話から、主の命で三日月が彼らから見張られているという事実を知ってしまいます。

当然のことながら不安を掻きたてられた小狐丸は、それまで以上に注意して三日月の様子を見るようになるのですが、実際のところ彼の単独行動には不審な点が多すぎ、ついには三日月が頼朝その人に会った事実を知ってしまうことになります。

平家を倒し、鎌倉に凱旋してくるはずだった義経に対し、「鎌倉に入ることはまかりならん」と急に態度を翻した頼朝。

今回の頼朝の急な心変わりには、先述のとおり、なんと三日月の存在があったのです…。

小狐丸は、我を失った様子の頼朝が「勘弁してくだされ、三日月殿、わしは、義経を殺しとうない…!」と苦しそうに叫ぶのを見てしまいます。

勿論「三日月殿、貴方は一体何を…!」となる小狐丸。そりゃそうだ。。

客席ももうほんと、このあたり生きた心地がしなかった。

 

そしてある夜、屋外に一人でいる三日月本人に、その疑惑をぶつける小狐丸。

なんと「抜きなさい」と抜刀を要求し、抜き身の刀を手に、三日月に対面します。

「積極的な歴史への介入など、許されるものではない。貴方がやっていることは、時間遡行軍と何ら変わらないのではないか」と。

「我々の使命は、歴史を守ることではないのですか?」と詰問する小狐丸に、三日月は「奇遇だな。全く同じ思いだ」と飄々と告げるのです…。

そして「そなたを見ているとうらやましくなる。そなたの眼にはまったく曇りがない」と揶揄するような言葉まで…。

もーーヤメテーーー!!!!何か事情があるんだろけど、きみたち三条の柱ふたりのそんないさかいは、見ていて本当につらい!!!ていうか!三日月!!何かあるなら、ちゃんと話して!!となりました…。

 

そんな一触即発の事態は、最終的には髭切によって解決をみることになります。

義経周辺で時間遡行軍を警戒していた髭切は、小狐丸と同様に、藤原泰衡の元を訪れる三日月の姿を目撃していました。

主の密命のこともあり、三日月の行動を注意深く観察していた彼は、三日月の思いや行動の背景について、自分なりの解釈を進めていたのでした。

髭切は、三日月と小狐丸の対立に「はい!そこまで!」と割って入ります。

「彼が何を考えているのか、僕なりに考えてみたんだ。そしたらちゃんとわかったよ。」と言うのです。

小狐丸に対して「僕が三日月宗近を演じてみせるよ!だから僕に、君が知りたいことを聞いて」と。

最初は渋っていた小狐丸も、押しにまけて、三日月を演じるという髭切に、しぶしぶと自らの疑問をぶつけます。

そうして観客たちの前にも、真実が明らかにされることになります。

三日月は、頼朝と泰衡の元を訪れ、なんと彼ら二人にこの先に待ち受けている歴史の流れ、つまりは義経の死を、すべて語ってみせていたのです。

いま三日月たちが滞在している歴史では、義経はまったく頼朝に疎んじられておらず、泰衡も義経を裏切るつもりなどない、という前提で進んでいこうとしていました。

しかしそれは、正史ではない。

三日月は歴史をあるべき流れに戻すべく、ひとりで頼朝たちのもとを訪れ、正しい歴史を守るために義経を死なせるよう、彼らを説得していたのでした…。

「なぜ一人でそんなことをするのですか。主はこのことを知っているのですか!?」という動揺した小狐丸の問いに、三日月の代わりに髭切がこう答えます。

「主の心にかかるようなことを、わざわざ知らせたくはない。汚れ仕事は一人で良い」と。

…ハァーーーー!!!????涙

 

しかもね、三日月が頼朝や泰衡に接触するのは、一度や二度じゃないみたいなんですね…?

泰衡に対しては「そなたとこうして蓮の花を眺めるのは何度目かな」って言うし、

三日月の行動を解説している髭切に対して、そなた(髭切)が頼朝のもとにいなかった歴史もあったのでな、とか、言う…。

これには本当に、ぎょっとさせられた。ちょっとこのあたり、まだ消化しきれていないんですよ!!!

待って。まじで待って。三日月。あんた一人で何回時間遡行してるの???

いや設定上、何回も同じ時代に行くのは当たり前にあること、だけど。

でもその先で、毎回、そんな悲しい思いをひとりで抱えて?きたの!!??

ねえ、なにかんがえてんの!!!?

遡行先の歴史が、正史とは違う方向に行こうとしていると知った時。

たとえば、源義経が、このままいけば死なずにすむ、という歴史の流れになっていると知った時。

その通りになれば、きっと今剣は喜ぶかもしれない。でも歴史を守るという自らの使命を考えたら、今剣は再び身を切られるような思いで義経の死を受け入れるのだろう。

そうなる前に、歴史をあるべき姿にもどすために。人の悲しみに触れる役目は、自分だけでいい、と。

そういうことでいいですか…?

…ねぇーー!?なんでひとりでそんなことするかーーーー!!!!!涙

 

さらに、小狐丸は、もっと他にもやり方があったのではないかというような質問をします。なぜわざわざ、頼朝たちに、歴史をすべて教えるようなやり方をしたのかと。

三日月は答えないけど、代わりに髭切がこう言います。

「それは、彼らが残った者だから。」と。

「彼らはその後の歴史に残った存在。そして三日月もまた、歴史に残った存在。…そんな彼らに、三日月は感情移入してしまうんじゃないのかい?」

…つらい!つらすぎる!!!もうやめて!!!

なんだか、押し隠してきた三日月の孤独が、白日のもとに晒されたように感じました。その場面は夜だけど(というどうでもいい補足)

千年の時を越えて在り続けるっていうその事実そのものが、もしかしたらものすごい孤独をうむんじゃないかなって…。

そんな彼が、もしも髭切の言うように、歴史に確かに残った人物たちに心を寄せて、語りかけていたのだとしたら…

ひとりで歴史を元に戻そうとするという行為そのものも孤独だけれど、その背景にある心情までもが、たったひとりきり、という感じがして、ものすごく悲しくなりました…。

 

だから三日月が歌うソロがあんなに哀切に満ちていたのかよ…!ってなった。。

まりおくんの声、本当につややかで綺麗でね…ひとりで歌い上げるソロ、美しいけど本当に悲しいの。。

この展開はちょっとほんとうにつらすぎて、三日月にいますぐ癒しを!ってなりました。

豪華温泉旅行の宿泊ツアーとか組んであげたい。そこを若い幕末面子でかこんで、宴開いておいしいお酒のんで一緒にかっぽれ踊って、ひと時の安らぎを与えてあげたい…ってなりました…。総隊長!!!助けてあげて!!!???

 

しかもね、最後にね、義経が死ぬべき場面でね、三日月はなんと「逃げろ」って言うんですよ。

義経と弁慶に対して。

「今、歴史上でそなたは死んだ。なにも命までくれてやることはない。

逃げろ。…安心しろ、なぁに、これも歴史だ。」

ちょっと、待って!!!!???涙

 

このあたりにね、刀ミュにおける歴史観がみえるなって思いました。

幕末天狼傳では、安定が新選組に潜入する!と言い張り、それを隊長であるはっちが認めるところで、

「歴史とは大きな川の流れのようなもの。小さな変化は、その流れに吸収されて大きな変化は残しはしない」みたなセリフがあるんですよ。円盤全然再生できてないので(ロスで)1年前の記憶で書いてるから正確なセリフ思い出せないけど。。ニュアンスはこんなかんじです。

いやもちろんね、義経が生きてるのは当然めちゃくちゃ大きな変化には違いないんだけど笑、なんというか「今正史とされているものが、真実だったとは限らない」っていう姿勢を貫いているなと思えて。

「歴史というものは、事実とそれに伴う人々の感情の集合体だ」というような回答を出しているように思えるのです。

今知られている歴史の中では、義経は武勲をあげたことが原因で兄にうとまれ、若くして死んだとされる。

そうして表に出ている「義経が死んだ」という結果の体裁が保たれていれば、実際のところ義経が命を長らえていたとしても、歴史は守られたことになるのではないか、という…。

みほとせの、ともすればとんでも設定(=死んでしまった徳川の家臣に男士たちが成り代わり、家康のそばで徳川幕府成立までの数十年をサポートし実現させるというアレ)も、この精神にのっとって描かれてきたんだなぁと思いました。

さらに、そうして生き延びることになった義経は「北へ、もっと北へ、大地の果て、海の果てへ。新しい土地まで進んでやろう!」みたいなことを言うから、あーー!これはチンギスハンになってしまう!!!ってなりました。笑

そういう歴史のもしかしたら説みたいなところまで取り込んできてる、遊び心も憎い!

 

そして何より、過去のくるしい思いを乗り越えて、再び敬愛する元の主の死に立ち向かおうと決意してきた今剣に対して、なんという救済を与えたのだろう…と思いました。。

目の前で、主が生き延びて、くれるんだよ。。。

その時遡行した歴史の流れがたまたま引き寄せた結果であって、次にまた同じことが起こるとは、限らないけど…。

たとえば長曽祢さんは、また主の斬首に立ち会うことになってしまったり、するのかもしれないけど。。

これは一度きりの奇跡なのかもしれないけど、果てしない優しさを凝縮して見せられたように感じられて、涙が止まりませんでした。

「逃げろ」って言う三日月の声が、まじで、泣かせるんです!!!ウワーーーン!!!!(思い出し泣き)あんな演技ができるなんて。。。くろばまりおさんあなたという人は…!!!!涙

物語の最後になって、小狐丸は「貴方のやり方が正しいとは思わない。…でも間違っているとも思いません。」と告げます。

こうして三日月の孤独すぎる戦いは、おそらくひとつのターニングポイントを迎えたのだろうな…と思いました。主には隠し通してるみたいだし、そのまますんなり解決するような問題ではないのでしょうが…。

出陣を終えて主に呼ばれた髭切と膝丸のふたりも、三日月は大丈夫だったよ、というような返しをしているだけで、真実を伝えるつもりはもちろんなさそうでしたし。

いやでも、主も全部わかってるのかもしれないな…?どちらかというと、わかったうえで、自分が表だって解決に乗り出すことなく、周りの男士たちが自然に三日月を助けてあげられるように持っていこうとしてたんじゃ…!?相変わらずやり手だな!??

ここまで書いていて思ったけれど、私は特に三日月に感情移入して見ていたみたいで、やっぱりすごく、つらい物語ではありました!さっきも言ったけどどうにかして癒す方策をかんがえようと思う(かんがえてどうする)。

 

 

続いて二つ目のキーですが、それは「刀剣男士は、かつて本当に実在する刀だったかどうか」という問題です。

ちょ、ま、これ、重すぎる…。

ざっくりと言ってしまうと、刀ミュの世界でも、原作ゲームと同じように、今剣は伝承上の存在であり、実在しなかった刀ということが確定されます。。そして、どうやら岩融も同じく…。

岩融は、源氏兄弟のふたりに出会ったことで、同じ時代、近くにいたはずの彼らの記憶を全くもたない自分に疑問を抱き、自らと今剣は実在しなかった刀なのではないかという結論を導き出します。

そしてそれを、まっすぐと源氏兄弟にぶつける…。

その事実を知ったら、今剣がどう傷つくかが怖いと語る岩融は、髭切と膝丸の二人がそのことを今剣本人に告げてしまうのではないかと不安に思っていたのでした。

しかし、源氏兄弟に与えられていた密命は、単に「今剣を見守っていてほしい」というものでした。

自己の存在への揺らぎを感じ取っていた今剣を、そばで見て支えてあげてほしい、という、主の心配りだったのです。

 この「実在」問題は、刀剣乱舞を語る以上避けて通れない問題で、刀ミュでも正直どうするのかなぁと思ってはいました。

今剣の極が実装されて、修行の手紙で大いに審神者がざわつき…というその時期に、阿津賀志山異聞が公演されていたんですよね。

実在・非実在だなんて、キャラクターのアイデンティティ根幹にかかわるあまりに重いテーマだから、そうそう扱えないのかなぁと思っていました。

でもそしたら、なんと臆することなく、刀ミュでも真正面から取り扱ってきた。。

ある意味ではタブーに近いようなところにも、そうか、踏み込むのか…!ってかなり驚きました。

 

今博物館に展示されていて、実際に見ることができる刀と、そうでない刀。

現存しない刀は、逸話が多数語られていたとしても、本当に存在したものなのか、それとも伝承上の存在なのか…確たる判断を行うことはおそらくとても難しいし、時代が下れば下るほどそれは困難になるのだと思います。

そんな中で「実在しない」とされた今剣。

髭切・膝丸と岩融の会話を漏れ聞いてしまい、「ぼくが、そんざいしない?」と疑問を抱き始めていた今剣は、義経の最期に再び彼に出会い、自らの名を名乗ります。

「今剣と、もうします!」「この名に、ききおぼえはありませんか…?」と。

でも義経は「いや、知らんな、初めて聞く名だ。しかし、良い名であるな。」って答えるんです。

ここで今剣の中の疑問には、はっきりとした回答が出てしまいます。

これだけだったら、どう捉えたらいいかわからない、苦しい場面になってしまうと思うんですが、だけどそのあとに続く義経公の言葉が、私はとてつもない救済だったと思っていて…

 

「初めて聞く名だ。しかし、良い名であるな。あの世にいっても、覚えておこう。」

 

自分は、実際には存在したことのない刀だったのかもしれない。かつて、自分が主とともにあった記憶は、真実ではなかった。

でもこうして、実際にあいまみえることのできた、敬愛してやまない元の主に、死してなお、その名を覚えておこう、と言ってもらえた。

自分の存在が、たしかにかつての主に認められたという、今剣から義経へのひたむきな思いがつながった瞬間だと感じられて、ここで泣けて仕方なかったです…。

先に述べたように、歴史というものは、事実とそれに伴う人々の感情の集合体だという前提に立つならば、今剣という存在は、歴史上に輝くまでの功績を残し、また人々に慕われた源義経という人物の在り方を通して、この世に存在することになったのかもしれないな、と思いました。

今剣が歌う「名残月」に憧憬の情が表れているのは、彼本人の心だけでなく、彼が顕現したその理由にも、あるのかもしれない、と感じました。

そして最後には、修行に旅立っていく今剣。

これまでの刀ミュのラストシーンは、全員そろっての歌唱が習いになっていたところ、旅装束を身に着けてひとり旅立っていく今剣の後ろ姿で終わるんです…!

もう何と言ったらいいのか…言葉が出ない。

実在問題を超えてさらに、ここまでまっすぐに成長の姿を描き切ってくれるなんて…となりました。

 

 

さんざん書いたわりにまとまっているようでまとまってないんですけど、その他の感想についても少し足しておきます!

 

今回の作品、歴史を描いた文学作品をかなりな部分で下敷きにしているのだなぁと感じました。

冒頭の小狐丸のソロは、小狐丸といえば!な「小鍛冶」をモチーフにしているのですよね?

あの歌ほんっとかっこよかった!すごく雄々しくて、堂々としていて…!

っていうか、北園くん!?同一人物と思えないほど歌が上達なさっていた!!!感動して涙でた!まじで最高だったよ~素晴らしかったよ~~!!!!

他にも、平家物語がふんだんに登場したりしていました。あとはそれこそ勧進帳も。

中二のときだったかな、国語の授業で暗唱させられた「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」の慣れ親しんだ平家物語の冒頭部分が男士たちによって詠唱されるのには、迫力があって鳥肌立ちました!

屋島の戦いでの那須与一の扇のくだりも描かれていたのですが、海を表している、舞台上から客席にながれおちる真っ白なスモークと、その上に浮かぶ船という情景が幻想的で、なんだかぼうっとなってしまいました。

そしてそこから平家滅亡のクライマックス、壇ノ浦の戦いへ…。

まさに諸行無常、といった感じでした。なんだか壮大な絵巻物をみているようだった。

三条+源氏兄弟という6人の組み合わせにふさわしい、積み重ねられてきた時間の長さを感じさせるような、重厚感のある演出が印象的でした!

2バルから見ていたんですけど、照明も映像も本当に綺麗で!

特にアリーナからだとあの照明の美しさはなかなかわからないと思うので、2バル以上の席もかなり個人的にはオススメでした!

今回は今まで恒例だった、横に長い階段状の可動式セットがなくなっていて、階段は階段なのですが、シルエットが曲線になっており、うーんうまいたとえではないけど、段々畑のような形になっていました。そして階段は可動せず、その上にレース状に穴あきになった視界が透けるパネルが降りてくる仕組みになっていました。…説明下手か!

幽玄っていったらいいのかなぁ、全体的に漂っている雰囲気がちょっとだけおどろおどろしさもあるっていうか…つまりはまとめると「不穏」でした。笑

 

あと、私個人は知らなかったことなんだけど、休憩時間の隣の席の方たちの会話を聞いてて「まじか」となったことがあって…

泰衡が、三日月と語らっている場面で、彼らはたびたび「蓮の花がうつくしい」と言います。

舞台奥の背景にも、満開になっている蓮の花が映し出されていて。

そして最後に泰衡は三日月に「ひとつ、頼みがある。わしが死んだら、蓮の花を供えてほしい」と伝え、三日月は泰衡に「約束しよう」と返します。

「では、今生の別れ。失礼する」と深く礼をして去っていった泰衡の背中に、三日月は「叶えよう」といったような言葉をつぶやくのですが(言葉がはっきりと思い出せなくてすみません)、

実際のところ、泰衡の首桶には、たくさんの蓮の種が入っていたんだそうで…。

それが数百年の時を経て、開花が実現するに至り、中禅寺の池に今も栽培されているんだ、そうです。。

だから、蓮の花、なのね…?

隣の方はそれでめっちゃ泣けたそうで、いや~~そりゃそうやわ…。

はぁ~~知らないことがたくさんあるな~って毎回刀ミュで痛感させられています。。

いやわたし、世界史選択だったから!ローマ帝国五賢帝とか覚えてたから…っていう言い訳を毎度しておりますが、本当に日本史に疎すぎて恥ずかしくなります。笑

ネットでちょちょっと調べるんじゃなくて、ちゃんと文献で、知識を補強していきたいなぁ…。

付け焼刃で勉強するよりはと思って、いつもさしたる予備知識なしで見にいってますが、歴史を知ってる人はより楽しめるポイントが多いんだろうなと、身近な歴史好きの刀ミュファンを見ていて思います。そ、損をしているのかもしれない…!涙

この蓮の話であったり、刀ミュは現実と虚構の混在させ方が、いつもとってもうまいなと感じます。

フィクションなんだもの、想像力かきたてられてなんぼだと思うんですよ。

せっかく歴史をモチーフにしているのだから、もしかしたらこんな事実もあったのかもしれない、って思わせてくれるようなアプローチはさすがだなって思います。

今回もこうして一度見ただけでも、いろんな方向に考えを巡らせたくなり、キャラクターの心情を想像して涙が出てきたりする、そんな豊かさを与えてくれる作品だから…刀ミュのことは本気で信頼できる!という思いを新たにしました。

 

毎回だけど、二部について書き始められないままボリュームが大変なことになってしまった!

男士それぞれについて言いたいことも全く書けなかった…笑

源氏兄弟がどうしようもなくかわいい話とか…いうべきことしぬほどたくさんあるのに!

そして読み返して思うけど言いたいことの大半がとりあえず三日月についてだったんだね…となりました笑

来週末に2回目を見るのでそのあとにまた何か書きたくなったら書くかもです!

結論としては「刀ミュ最高!」でした!やっぱり刀ミュは裏切らない。

つはもの組のみなさんが、無事にかけることなく千秋楽を迎えられるよう、心より応援もうしあげます。

毎度のごとくの長文を読んでくださった方、ありがとうございました!