こたえなんていらないさ

主に刀ミュ(ミュージカル『刀剣乱舞』)を愛しながら、舞台まわりをぐるぐるしている人

とある若手俳優おたくが「もしも自分の推しが結婚したら」について思わず考えました

あんまりびっくりしたので、ついそんなブログを書いています…。
※私は該当する方のファンではないからその点については完璧に外野ですし、今回の事実内容について具体的にどうこう言いたいというわけじゃなくて、あくまでも自分の立場に引きつけていろいろ考えてみたくなったので、文章を書いています。



ちゃんともが結婚するんだそうだ。川栄李奈ちゃんと。
natalie.mu
友達から来ているLINE、仕事中は返事をできていなくてとりあえず読んで既読だけつけていたら、
途中で彼女が突然「ねえ!!!!??」と叫んだ。
何かがあったことがすぐにわかり、思わず「なに!?」ってそこだけ即レスしたら、友達からのトーク画面には、
「ちゃんとも結婚するってよ!!??」
との文字があった。
「えええええええ!!??!」としか言えなかった。びっくりしすぎて。
えええええ。ええええ???!えええ…???(まだびっくりしています)

いやーーーびっくりした。本当にびっくりした。ビビり倒してしまった。
でもひとまずとにかくおめでとうございます、だと思う。
ご結婚(まだだけど)、おめでとうございます。

月髑髏の美しすぎる蘭兵衛と、とある映画のイベントでの姿がわたしの生で見たちゃんとも情報の全てだけど、彼の人気や存在感は数年舞台おたくをやっていれば十二分にわかっている。
なので今回は、本当におったまげたというレベルでびっくりしました。


なんでそこまでびっくりするのかというと、やはり若手俳優と「結婚」というワードは、普段表立って語ることがそこそこ憚られる組み合わせであるからに他ならない。
今これを書いている私自身は、いわゆるリアコ、ガチ恋では全くない(そもそも自分が既婚というのもあるけど、その婚姻ステータスに関係なく昔からリアコではないです)。あ、補足すると、「リアコ」というのはリアルに推しに恋をしている人の略です。「ガチ恋」はガチで推しに恋をするという意味なので、両者はほぼ同義ととっていただいて構わないと思います。

で、とにかく自分は推しを恋愛対象として見るタイプではないため、その立場からの意見や感想は正直なところ、一切わからない。
そうなってくるとまた文脈が全然違うので、それは語るべき他の人に任せるとして、とりあえずシンプルに「いち若手俳優のファン」を素朴に自認する立場から、仮に自分の推しが結婚した場合のことを思わず考えた。

…というか、なんとなくその話題については定期的に考えていて(なんで?)、


常々こう思っていました。説明はのちほど。


さて。仮に、いま自分の推しが結婚したら?
多分「普通にショック」だと思う。でもそのショックは、純粋に「驚いて衝撃を受ける」という意味のショックに近い。
いやそら驚くやろ。驚かんほうがすごい。なのでそこは素直にショックを受けると言っていいと思う。
ただ、「推しが誰かと結婚する」事実そのものに落ち込む、というのは私の中では多分ちょっと違いそうで、その感情の動きは起こらないのかな…?というような気もする。
いやだって、若手俳優だってひとりの人間だもの。結婚くらいするさ。誰かと一緒に生きて家族を作りたいと思う日だって来るだろう。別に誰もが結婚したってしなくたって、それはどっちでも自由にすればいいと思うんだけど、だからこそ「若手俳優だから結婚しちゃなんねえ」とは、やっぱりどうしたって思えない気がする。人の人生をそこまで縛ることなんて、当然のことながらできっこない。


あとは、結婚にまつわる諸々の事象について「推しは~じゃないと思ってた」というパターンの反応が起こることも考えられる。
私が一番気になるのは、多分ここだ。(今回の件について具体的になにがどう、というのは明言を避けます。)
「推しは~なことをする人じゃないと思っていた」という文脈について。
この点に関して、私たちはある種の「虚像」を見ている立場なんだよな、と改めて実感したのだった。

虚像というと言葉が強くて難しいんだけど。別に偽りの姿なんだと言いたいわけではなくって、なんていうのかなぁ…私たちファンって、あくまでも生身の人間そのものというより「商品として市場に提示された姿」を追い、好きになっているんだと思うんですよね。

仕事として俳優という職業を選び、色んな作品に出演し、イベントに登壇したりして、様々な姿を見せてくれる彼ら。
時折(というには頻繁な頻度で)、私たちファンは、彼らと直接言葉を交わすことだってできる。
そうやってファンとしての時間を過ごす中で、自分が見てきた結果としての「○○くんはきっとこういう人なんだ」という姿が心の中に描かれていくのは、それは当然の帰結だと思うんですよね。
自分が目で見て、聞いて、体験したところから、どうしたって相手の印象は強固になっていくし、好きだなと感じる部分は、どんどん大きくクローズアップされていくものだと思う。


ただ、それは多分ある程度こちらの期待を反映したものにもならざるを得なくて。
「こういう○○くんを好きでありたい(こうあってほしい)」という願望は、多かれ少なかれ、相手の姿の中に、自然と織り込まれていくものだと思う。

そういう風に信じていた姿と、ある日触れた情報とが全く一致しなかった時、きっと我々は「私はいったい何を見てきたんだろう」っていう気持ちを抱くことになるのではないかな、と感じた。

でもきっと、出せることと出せないことがあるのよね。そりゃ、当たり前にそうなんですよね。
人前に立つ仕事とは、なんて困難で複雑な面を持つのだろう、と思う。
私たちが日常的に、例えば職場/友人/家族など、場によってパーソナリティの使い分けをおそらくはごく自然にしているように、若手俳優たちも、あくまでも「仕事」としての顔を、普段は私たちに見せてくれているんだよね。
だから知らない部分が突然出てきた時に「そういう人だとは思っていなかった」という印象を受けるのも、それはそれで当たり前のことなのかもしれない。


じゃあ、そうやって「本来の姿ではなかったかもしれない誰か」を好きになったことが、果たして虚しいの?と聞かれると、絶対にそんなことはないと思う。

パフォーマンスをする姿や整った外見に惹かれて好きになった、追いかけたいと思った、応援したいと思った気持ちが、無駄ってことはきっとない。
だってそうやってファンとして過ごした時間、私たちは間違いなく「楽しさ」を得ているんだから。
自分が好きになったその姿を信じることは何ら間違ったことじゃないし、仮に「なんか思ってたのと違ってた」という事実に触れた時に、過去の自分の気持ちや行動を否定する必要もないと思う。
その時に推しのことを好きで楽しかった時間は嘘じゃないし、誰に奪えるものでもない。
私の場合はだけど、むしろ、もしかしたら自分の本質とはイコールではなかったかもしれない要素を加えてまで、人前に立つ仕事をしているという事実の重みの方に、圧倒されてしまうような気がする。
そして裏返すと、自分がしている仕事については、だからこそ本人に強く誇っていてほしいな、とも思う。


…みたいなことをつらつらと考えるんですが、ここで最初に貼ったツイートに戻りますね。

もし推しが結婚を発表したら。
私は翌日、仕事を休むと決めています!(ドヤるな)

ガチ恋でもリアコでもないのになんで?」って言われるかもしれませんが、
いやそら、仕事くらい休むわ!!!!!!働いてなんかいられるか!!!!!!!

「わ~~~そうか~~~結婚するのか~~~そうか~~~~」ってなって、しばらくその事実を受け止めようと一生懸命になるだろうな。
でも一言では勿論感情をまとめることができなくって、とりあえずショックを受けている自分をはたから見て面白いなって感じたりして、ただ静かに、じっと来し方に思いを巡らせたくなるだろうな、と思う。

相手に恋をしているわけではない、と言いながらそこまで心を揺らすのって「結局恋愛感情なんじゃん」みたく思う人もいるかもしれないけど、そうじゃないんだ。
自分が心を傾けてきた対象の在り方が明確に変わるんだな、という事実は、消化にそこそこ時間がかかって当然だと思う。へ~そうなんだ、で済ませられる気は、どうしたってしないよ。だって好きだもん!!!
やっぱりどうしたってびっくりするだろう自分に「おお、びっくりしたな、そうだよな、そりゃ当たり前のことやで、とりあえずお茶飲んで甘いもんでも食べな」ってやさしく言ってあげたい。
波立った心を落ち着かせるために、たまには自分を甘やかして休むくらいのことは、別に許されたっていいのではないか、と思う。(※その場合は、なるべく迷惑をかけない休み方をしたいです。)
…なんていうんですかね、まぁほんとに休む休まないは別にしても笑、「自分はそれくらい真剣に何か(誰か)に思い入れて生きているんだな~」ってことを認めるためのいち手段として、「推しが結婚したら仕事やーすも!」ってバカみたいだけど敢えて言葉にしておくことは、セルフコントロールの上でとても有用であるように思いました。
ある意味ではセーフティネットを敷いているのかもしれない。この発言のどこが?って気もしますが、たぶんそうやって敢えて言語化することって、自分を客観視する助けになると思うんですよ。その点ではセーフティネットの役割を果たしてくれるような気がしています。


そして、そんな私がひとつだけ願っていることがある。
もしもその日が来るときは、叶うなら、外部への発表コメントの前に、ファンクラブだけに先にお知らせをくれたら、それが一番嬉しいなと思います。

めちゃくちゃ前じゃなくたっていい。ほんの5分だけでいいから、公式のコメントを出す前に、ファンクラブ会員向けにメールを送ってくれたらいいなと思う。


推しが結婚を発表するその日、もしも仕事中だったなら、きっと私が情報に気づくのはtwitterが先になるだろう。タイムラインに怒涛のように流れてくる内容を見て、「え」と思わず手が止まる。しばらくどきどきしてぽかーんとしているままの頭で、ようやく後になってファンクラブのメールが来ていることに気づき、そしてその時間が外向けの発表よりも、もし5分だけ早かったら、私はその5分に対して万感の思いを抱くだろう。

ゆーて年端の行かないファンも多数いるし、情報を見た瞬間何も考えずにSNSでしゃべっちゃう人もきっとたくさんいると思うの。だから贅沢は言わないです。
その日が来るときは、私たちに5分間だけ、与えてほしいです。
誰かのことを一番応援したいと思った「ファン」という概念を構成する一要素として、アンサーとしてその時間だけ与えてもらえたら、きっと本当に嬉しいだろうな、と思いました。


私の推しであるところのまりおくんは、インタビューなどで結婚願望はかなり強い方であるようにお見受けするし、したいのであればいつかその願いは叶えてほしいし、そもそもが「幸せになってね!」の気持ちが強すぎるんですよね。どうしたって、本人が望むように幸せになってほしすぎる。
そして彼がいつか仮に結婚したとして、やっぱり「商品として提示している姿」を通じて好きになっているから、直後にとりあえず仕事は1日だけメンタルケアと称して休むけど、でも後日、舞台にもイベントにも普通に行く自分がいるような気がします。

…かといって、どれだけ殊勝なことを述べていても、受け入れられなくてのたうち回るのかもしれない。こればっかりはその日が来てみないとわからないな~と思う。
でも心づもりをしておくことは別に無駄ではないような気がするので、勢いに任せてだぁっといろいろ書いてみました。
誰かを応援するって、奥が深いです。