こたえなんていらないさ

主に刀ミュ(ミュージカル『刀剣乱舞』)を愛しながら、舞台まわりをぐるぐるしている人

【こっちはめちゃくちゃネタバレです!】刀ミュ 葵咲本紀 初日観劇後の感想

行ってきました…葵咲本紀初日…!今年も刀ミュのある夏がまた巡ってきました。

もうね、なにをどう予想しても無駄だということがわかっていたのと、7月はあほみたいに忙しかったのでノー準備もいいところで、ただの丸腰で臨んだ結果、どえらい目に遭いましたね。ええ。本当に。

…というわけで、以下ネタバレします!ネタバレしかしませんよ!!!
「新作どんな話だったんだろ~?雰囲気だけでも知りたいな!」…みたいなノリでは頼むからこのエントリーを読まないでくださいね!全くおすすめしないぞ!(大声)

いつも言うけど、ただのいちおたくにすぎない私の文章で、刀ミュから受け取れるあなたにとっての初回観劇の衝撃を、目減りさせたくなどないのです!よろしくね!!!
なんならネタバレなしの記事もこっちに用意したので!笑
雰囲気が知りたい方はそちらへどうぞ!
anagmaram.hatenablog.com



いろんな面での動揺が本当にひどいので、いつも以上に支離滅裂な記事になってしまいそうです…
なんも咀嚼なんかできちゃいねえー!って感じなんですが、その勢いだけで叩きつけられるのも初日後だけだなぁと思うので、もうその面白さだけで書きます。
読みにくいと思うし、一般的に考えて読みたいものが書いてあるとは思えないので、そこんとこごめんなさい!
あと出てくるセリフはうろ覚えなので、細かい言い回しは間違ってる前提でお願いします!








◆描かれる時間軸

今回の新作…徳川家康と息子である信康が出てくること、また出陣する刀剣男士に蜻蛉切千子村正がいることから、当たり前のように、見る側には先日再演されたみほとせ(三百年の子守唄)のことがよぎりますよね。
でも、果たして時間軸は、そのままみほとせと繋がっているのかどうか…?
そればっかりは見てみないとわからないなぁ、と思っていました。
実際、歴史上の人物たちのビジュアルが発表になったとき、我々はみんな信康を見て「あれ…?」となったわけです。なんだか、私達が知っているみほとせの信康さまと、雰囲気だいぶ違くない?って。
なのであのビジュアル発表時、もしかしたら今回は、また違う時間遡行先なのかもしれない、と考えた人も少なくない、はず。なんだけど、

んなわけなかったわ
ゴリゴリにつながってましたわ…ちょっとほんと…いやあの…(動揺)
幕末天狼傳→むすはじのリレーと同様に、みほとせ→葵咲本紀へのリレーが明確に、なされていました。
いや、今年になってわざわざみほとせは再演をしたわけだし、普通に考えてそりゃあそうでしょ、って話なんだけど、予想の斜め上を行くような繋がり方だったので…!


なんと、蜻蛉切と村正は、本多忠勝井伊直政として、徳川家康の家臣に成り代わっている状態で、登場するんです。
つまり、本当に、ただのみほとせと地続きの世界なんです。。
ではなぜ他の4振りがいないのかというと…それは、彼らが成り代わっていた徳川家の家臣たちは、すでに史実上で死んでしまった後だから、なんですね。。
まるで今現在、みほとせの出陣が続いているかのように描かれるなんて思ってもいなかったので、
「そそそそ、そんな明確に、めちゃくちゃにつながった世界を!?」って、本当に息が止まりそうになりました…。

一方、場面変わって本丸では、熱心にまだ見ぬ未来のすてーじのれっすんに励む篭手切江と、なぜかそれに付き合わされる御手杵の姿が。
そこへ通りかかる顕現したての明石国行に、どこかから長期任務を終えて本丸へと帰ってきた鶴丸国永。
その中で主は、任務を終えたばかりの鶴丸を再び呼び出し、
「貴方にしか頼めないのです」「奥へ」と、何やら内密な任務を与える様子を見せます。
「ったく、人遣いの荒い主だなぁ」と、まるで全てを承知したような表情で笑い、主の言葉どおり奥の間へと進んでいく鶴丸

…このシーンを見て、刀ミュのとある過去作が、頭をよぎりました。
おや、この描写は…?と。
主から、何かを内密に知らされる刀剣男士。おなじ部隊の中に、明らかな情報格差が生じるこの状況って…あの話に、とっても似てはいないだろうか。
そしてこの印象はまったく間違ってなどいなかったことがわかるのですが…その話は最後に改めて。。。


今回、まず序盤あたりで、みほとせと時間が繋がっている以上に、見ていて心臓がぎゅうぎゅうに痛くなったのが次の理由でした。

◆村正と「心」

村正が…圧倒的に、「心」というものを身のうちに宿した姿になっているんです。
その変化に、本当に、度肝を抜かれたんですよね…
そりゃあ、稽古期間のもっくんが、あれだけ追い詰められた様子のツイートをしまくっていたわけだよ…ってなりました…


冒頭で、村正は紫色の花を手に、「かざぐるま」を歌うのです。
風は季節を巡らせる…と。
物憂げな表情で、どこか遠くを見つめるように。
新作でいきなりかざぐるまを聞かされるとは思っていなかったので、マジで動揺して本当にどうしたらよいかわからなくなったんですが(当然めちゃくちゃに泣いている)、その後に村正と蜻蛉切とで交わされる会話がもう大変。

「あの頃は、楽しかったデスね」と、他の4振りとともに過ごしていた時間のことを懐かしむ村正。
「せめて大倶利伽羅でもいれば、脱いだり脱がされたりできるのデスが」と言ってみたり…
そして極めつけに、村正はこう言うのです。
「ワタシは、あの男が嫌いデス」と。
あの男とは、当然、徳川家康のことを指しています。
妖刀村正である自分にとっては、相容れない存在であることに、やはりまだ強くわだかまりがあるのか…?と思いきや、
「信康さんが死んでから、ますます好きではなくなりました」というような意味のことを、はっきりと言うのです。


そう、村正は、家康の息子である信康が亡くなったことを、明確に深く引きずっているのでした…。
そして更に、検非違使への憎しみとも言えるような感情を剥き出しにする村正。
「ワタシは信康さんを殺したあいつのことが許せないんデス!」
あいつ、というのは、検非違使のこと。
このセリフを聞いたとき、心臓止まるかと思いました。そんな風に、誰かにあたたかく思いを寄せる、まるで<人間>そのものみたいな感情を、いつのまに村正は手に入れていたんだろう、と。

この冒頭のやりとりの最後に、村正は手に持っていた花を「はい」と蜻蛉切に手渡します。
「これはなんだ?」と不思議そうに問う蜻蛉切に彼が答えたのは、
トリカブト、デスよ」という返事でした。

トリカブト
それは、みほとせで幼少期の信康が「珍しい花を見つけてきたぞ!」と、意気揚々と服部半蔵であるところの石切丸に手渡してみせたのと、同じ花です。
そうして信康にゆかりのある花に心を寄せるほどに、村正は信康の死に心を痛め、他の仲間と過ごしていた時間を懐かしみ、長男の死を経てなお天下統一に邁進する家康には、どこか納得できないものを感じている…。
複雑に変化し乱れるその心の在り方は、かつての村正とは大きく異なるものでした。

◆刀剣男士と「心」

そして、この心についての本作での描写は、みほとせの際に私が感じ続けていた疑問―
「石切丸はなぜ力に操られたようになってしまうのか」について、一定の答えを出しているように思えました。

検非違使は今作でも再び現れ、刀剣男士たちはその圧倒的な強さにはやはり歯が立たない様子で、苦戦を強いられます。
しかし村正は「待っていマシたよ…!」と、目をらんらんと輝かせ、戦意を迸らせてひとり検非違使に立ち向かっていきます。
刀を握り込むその手には、なにかとてつもない力を込めて。

その様子は、みほとせで検非違使と戦うときの石切丸に、まるで瓜二つでした。
それを察知して「村正、だがその力は…!」と切羽詰まった声をかける蜻蛉切ですが、村正は一切聞く耳を持たず、本能の赴くままにといった様子で、ひたすらに検非違使に向かって突っ込んでいきます。
しかしその力をもってしても、検非違使を討ち果たすことはできず、途中で傷つきがっくりと力なく倒れ込みます。
そんな村正を庇い、肩を抱いて安全な場所へと連れて行く蜻蛉切


次に村正が気がついた時、蜻蛉切は村正に向かってこう吠えます。
「感情に支配されるな」と。
「覚えているだろう、石切丸様のことを」

…みほとせの石切丸が、検非違使との戦いのシーンでまるで自我を乗っ取られたかのような、力に翻弄される姿を見せることが、私は2017年の初演時から本当にずっとずっと疑問でした。
それについて考え続けた内容を、今年の再演を経て自分なりにまとめた記事が下記です。そしてここに書いたことは、ある意味ではおおよそあっていたのかもしれない…と、今回葵咲本紀を見て思いました。
anagmaram.hatenablog.com
なぜなら、私が石切丸のあの描写について核として捉えたこと、それは「刀剣男士の心」についてだったから。
今回の蜻蛉切の言葉を受けると、あの検非違使との戦いの場面での石切丸は、自分の身に宿る「感情」によって、追い詰められ我を失っていた、ということになるわけです。

刀剣男士に宿る「心」という存在。
それは人間である我々と同じように、彼らをときに悩み苦しめ、誤った方向へ導いてしまいそうにもなる。
でもその心があるからこそ、彼らは強くもなっていく。

「強かったデスよね。石切丸さんも、にっかりさんも。…誰かのために戦える者は、それだけで強い」

これは、今作で村正が蜻蛉切に対してぽつりと零してみせる言葉。
彼が、こんなことを言う日が来るなんて…。
”誰かのために戦える者”という言葉をつぶやいたその時、村正の表情はごく穏やかでもあり、哀切にも満ちているようであって…。

みほとせでの出陣時は、刀剣男士としてこの世に顕現したばかりであり、周囲の人間や男士たちの葛藤が理解できるようなできないような、曖昧な表情でいることの多かった村正。
信康の命日を迎える頃には、そんな彼も誰かの”気持ち”にはっきりと寄り添うようになった様子を見せてはいたのですが、
今作の村正は、さらにその遥か先を行くものでした。
心を得て以来、感情をひとつずつ学んで。その過程の中にはきっと苦しいこともあっただろう、と思わずにはいられない。
そしてそれの最たるものが、村正にとっては、信康の死だったんだろうなぁと…。


葵咲本紀での彼は間違いなく、自分ではない誰かのことを、強く思いやれるようになっているんです。
でも、その思いやりの深さが自分ではまだうまくコントロールできないから、蜻蛉切に「感情に支配されるな」って、言われたんだと思う。

村正にとっては、きっとまだ、全てが新しいのです。人と触れ合うことも、誰かの死を悼むことも、仲間を心配することも。
その戸惑いを、ある意味での純粋さとして表現する、もっくんの村正の研ぎ澄まされた美しさ。
「匂い立つその姿 妖しき光」なわけだけど、その姿は本当に、一輪の花のようだった。
誰かを思う心はそれだけで美しいんだと、そんなことを思わずにはいられなくなるような、新しい村正でした。

◆その傍らに在る蜻蛉切

そんな彼の側にいる、同じ村正派の蜻蛉切は、妖刀と言われる村正とは対照的に、徳川家に忠誠の限りを尽くした元の主=本多忠勝の姿を写す、誠実な槍です。

今作では、家康の息子である結城秀康が、敬愛する兄・信康を切腹させた父・家康への許しがたい思いをトリガーとして、時間遡行軍側の力に取り込まれてしまう描写があります。
秀康は自身の持つ刀に振り回されるように、家康の命を奪いにいこうとする様子を見せ、時間遡行軍とともに、倒すべき存在として刀剣男士たちの前に立ち塞がります。
秀康と会敵した刀剣男士たちは、なんとか彼を傷つけることなく止めようと苦心するのですが、今踏み込めば秀康にダメージを確実に与えられるというところで、連携して戦っていた御手杵蜻蛉切はともに迷いを隠せず、結果として秀康と遡行軍を取り逃がしてしまいます。

御手杵にとって、結城秀康はもとの主にほかならず、初めて相まみえたかつての主人に対する動揺や迷いが生じるのは、ごく当然といえるでしょう。
では蜻蛉切はなぜ?というところなんですが、その内面の苦しみを、村正は正確に推し量っていました。


結城秀康を前にしたときのことを振り返り、「覚悟はできているつもりだった」と語る蜻蛉切に、
「貴方にそんな覚悟など、してほしくはありマセン」と強い調子で言う村正。

おそらく蜻蛉切は、任務のためなら、いざとなれば真正面から秀康を傷つける役目を背負おうと思っていたのでしょう。(殺してしまっては歴史改変になってしまうので、そこまでするつもりはないと思いますが)
しかし徳川家に深く忠誠心を抱いていた、自分の元の主、本多忠勝を敬愛している蜻蛉切にとって、徳川の血を引く者に危害を加えることがどれだけ難しいか。蜻蛉切にとってそれはおそらく耐え難いことに違いないと、村正はわかっていたのです。

1回だけじゃとてもじゃないけどセリフを明確には思い出せないんだけど…
「元から汚れているワタシと違って、貴方はそんな役割を背負う必要はないんデス」
「ワタシと貴方は違うかもしれまセンが、それぞれが、それぞれの役割を果たせば良いんです。ワタシたちは、ファミリーなんデスから」
といった内容のことを、村正は言っていたように思います。


蜻蛉切と村正。
在り方、立場、来歴…刀派以外に同じ部分を探すほうが難しいかもしれない彼らだけれど、でもそんな二人は、お互いを<家族>と認めあっている。
誤解されやすい村正にとってのよき理解者であり、保護者である印象であった蜻蛉切が、
一方では村正に深く支えられてもいたのだ…ということが、明確に描かれた今作だったと思います。
まるで手探りをするかように、自分たちの絆をそこに確かなものとして見い出す、夜空のもとでの二人のデュエット。
あまりに美しくて涙が止まりませんでした。
そこに在るのは「心」の交流に、他ならなかったから。

◆刀剣男士を助けた謎の存在

ウウ、ようやくこの話にたどり着いたぞ…。
今回、まじでやばいことが起こりましたね。やばい。本当にやばい。


検非違使に追い詰められ、大量の時間遡行軍に追われる手負いの男士たちのもとに、編笠山を目深にかぶった謎の人物が現れます。
彼は力強い剣さばきで、正確に時間遡行軍を打ち払い、刀剣男士たちが逃れる手助けをするのですが…
その正体とは、みほとせの出陣の中で命を落としたはずの、そして史実上も徳川家康切腹を命じられたはずの、松平信康その人だったのです。

「久しいな、忠勝、直政」
そう言って慈愛に満ちた生き生きとした表情で笑ってみせた彼は、
「今は、掛川の吾兵と名乗っておる」
と、驚く蜻蛉切と村正に告げるのでした。


そして衝撃的な展開はここで終わらず…
検非違使によって負わされた傷からは、服部半蔵の手当によって回復したと語る彼は、あろうことか、蜻蛉切と村正の正体について…彼らが「刀剣男士」であることを、知っていると告げるのです。

似たようなことが、御手杵にも起こります。
元の主を目の前にして少なからず動揺してしまった御手杵の元に、今度は結城秀康そっくりの顔の別人が現れます。
永見貞愛と名乗る彼は、自分は秀康とは双子であり、忌み嫌われる双子であるゆえ、幼子の頃に養子に出された存在で、今は神主として生きている…と説明してみせるのですが、
彼もまた、御手杵たちが「刀剣男士」であることを知っている、と告げます。


信康も貞愛も、なぜ刀剣男士たちの正体を知っているのかというその理由を、
「ある人物から教えて貰ったからだ」と言います。

話の途中まで、その人物が誰であるのかについては明確に語られることなく、あくまでも謎に包まれているのですが…
その先に待ち受けていたのは、あまりにも衝撃的な事実でした。

◆誰が信康に事実を明かしたのか?それは…

蜻蛉切と村正が、吾兵として生き始めた信康に、事の詳細を尋ねているシーン。
かなりな深手を負っていたはずの信康は、石切丸の手によって回復できたのだと語ります。
それを聞き、訝しむ蜻蛉切。仮に石切丸が自らの正体を明かしたのでは、歴史が変わってしまう。
あくまでも服部半蔵として任務の中で信康に接していたはずの石切丸がなぜ?という思いで「しかし、なぜ石切丸様は…」と問いかけた蜻蛉切を、信康は「いや、それは違う」と力強く答えます。

「石切丸は最後まで、わしには半蔵として接しておった」
「では、いったい誰が…?」
疑問を隠せない蜻蛉切と村正に、信康はこんな言葉を述べます。


「とある人物に、教えて貰ったのだ。その人物は、わしのことを”友よ”と呼んだ


このセリフを聞いたときのわたしの衝撃、おわかりいただけるでしょうか…。


「友よ」
その言葉を私達が刀ミュの世界で聞いたのは、いつ、誰の口からだったでしょうか。


歴史上の人物たちのもとに現れ、彼らに「友よ」と呼びかけるのは、
「つはものどもがゆめのあと」での、三日月宗近に、他なりません。


この信康のセリフを聞いた瞬間、衝撃のあまり、構えていたオペラグラスを思わず0.1秒くらいのスピードで降ろしました。
そこからの記憶が10分くらい、まじでありません…。
話に集中しようと思うのだけど、まるで頭を殴られたようになって、何も考えられなくて、涙が止まらなくなった。*1

わたしにとってのつはものの三日月は、本当に言葉に尽くせないほど特別な存在なんです…
俳優として応援している大好きなまりおくんを推し始めるきっかけの事件となった公演であり、あの秋以来、私は三日月に心を奪われてずっと帰ってこられない。
阿津賀志初演でも、プレライでも、厳島でもらぶフェス2016でもなく、私が三日月宗近に真っ逆さまに落ちたのは「つはものどもがゆめのあと」なんです…。その詳細はこのあたりにばかみたいなボリュームで書いてあります…。
anagmaram.hatenablog.com
anagmaram.hatenablog.com


だから本当にこの瞬間「ちょ、お前、三日月、ちょ…まじで…!!!」ってなってね……本当に…もう…
以降、頭の中が見事なまでにぐっちゃんぐっちゃんなので(無理もないよね)、秀康と信康どっちのセリフだったのか思い出せないんだけど、
「彼は、我々が歴史上で悲しい役割を背負わされているとも言った」って言うのよね。

歴史の中で、悲しい役割を背負わされている人もいるそうだよ。信康さんも、その一人なのかもしれない

これは、みほとせでの石切丸のセリフですね…。
三条の皆さん、あなたがたって本当に。
長く在る刀の皆さんに見えているものが、私は本当に怖いです。


三日月がひとりで時間遡行している先は、なにも頼朝や義経たちの時代だけじゃ、当然、なかったって話なんですよね…。
阿津賀志巴里の冒頭で三日月が「華のうてな」を歌ったのは自然なこととして理解できるの。だってあれは、つはものと同じく、源義経についての物語だから。
でもそれだけには当然終わらないってことが、今回あまりにも明確に打ち出されてしまって…
あの人、いったいどこで何をやってるの…?ってなった……


私にとっては、この「友よ」だけで十分すぎるくらい十分な爆弾だったんですけど。
その後に、さらなる恐ろしいダメ押しが待っていました。


物語のラスト近辺、本丸に帰ってきたとおぼしき場面で、鶴丸がおそらくは主に向かって語りかけるシーンがあります。

「ひとつ、わかったことがある」

その言葉を受けて背後に登場するのは、信康と貞愛。

「他の時代にもいるらしい。…我々のような、刀剣男士の協力者。三日月殿に、名前もいただいた」

ウ、ウワア、み、みかづきって、言っちゃったね、ついに名前でちゃったね、って思ってたらさ…もうさ、それどころじゃねえんだわ…
背景にぼんやりと…映像で、見慣れた青い衣を身にまとった姿が…
そして、聞き覚えのありすぎる声が…


「物に支える者…物部(もののべ)とでも、名乗るがよい」


…深刻な記憶喪失になったので、ここのセリフ詳細は全く自信がありません(2日目のソワレに入る友達に聞いてカンニングします)!!!

そしてそれを受けた鶴丸が、またおっそろしいことを言う!

「この世界には、三日月宗近という機能がある」

友達は「機関じゃない?」って言ってたけど、私機能って記憶したんだよね!でも間違ってるかも!
物に支えるって言ってたかも曖昧だ!

…だってさ、そりゃもうだめだよ。むりだよ。受け止めきれないよ!!!!!!
なんの予想もしていなかったところに背後からぐっさりと刺されてもうひどいダメージをくらったのですが、同じく初日にいた友人数名に「あなぐま生きてるかな」「絶対大丈夫じゃないだろうな」って全員から思われていて…
大丈夫なはずねえだろ!!!!!(大声)(みんな心配してくれてありがとう…)
この数ヶ月の間に、推しが三日月宗近として一瞬でも生きたのだと思うと、苦しくてぶっ倒れそうになりました。
いやだって、予想できたはずがなくない!?なんでわたし、新作で三日月宗近に会うことになったの!!?って…ちょっと…ひどい目に遭った…
その場にはいないのに、ここまで存在感を強く意識させられることってあるだろうか…
刀ミュの世界における三日月宗近の描かれ方に心底震える。一体この先に、何が待っているの…?
わたしこれから、ほんとうにどうしたらいいの…!!?ってなった。
いやだって、ねえ!?いくらなんでも流石に予想してなさすぎない!!?そりゃ1000億倍のダメージでしょうよ!!?かんべんしてよ向き合えないよ!!!

…この件については、なんかちょっと時間が経てばたつほどどうしたらいいかわからなくなってきてるので、唐突にまとめに入ります。(あきらめの境地)

◆「葵咲本紀」の意味するもの

なんとこのタイトル。石切丸がみほとせで書いていた例の出陣記録に対して、村正がつけたものだということが、今回一部のラストにわかります。
石切丸に題名をつけてほしいと頼まれるも、どうしたものかと考えあぐねていた蜻蛉切に「ほら、貸してごらんなサイ」と言って、村正がさらさらと書きつけたのが「葵咲本紀」という題名だったのでした。
「なかなか良いじゃないか」と笑う蜻蛉切
葵が咲く…とつぶやく彼に、村正はこんなことを言います。
「咲く、という字には、花が咲くという以外に、もうひとつ意味があるのデスよ」
「…ほぉ、どういう意味なんだ?」
「それは…内緒デス」
そう言い残し、穏やかに微笑んで去っていく村正を、やれやれ、といった風に見送る蜻蛉切


<咲>という字が持つ、もうひとつの意味とは。
以下、新漢語林より。

【咲】
字音 ショウ(セウ)
字義 の古字。わらーう(わらふ)。


葵が咲く=笑う、物語。
徳川家の家紋である、<葵が笑う>ということは、おそらく、
徳川家康が笑っている>ということを指すのでしょう。

家康と笑顔。
刀ミュを見てきた私達が、その光景を考えるときに真っ先に浮かぶのは、
「笑顔が一番です」と、明るい微笑みをもって、家康の傍らに居続けた者。
そう、みほとせの世界で鳥居元忠として生きた、家康の愛刀である、物吉貞宗の姿です。


彼が家康に伝え続けた、笑顔を絶やさずに生きる、ということ。
その意味や力が、ひとつの物語として新しくここに結実した。
そんな未来を、今回<葵咲本紀>で見せてもらったような気がします。


この題名の意味を知ったとき、

「よく、生きられましたね」

あの物吉くんの愛に満ちた声の響きが、頭の中にこだまするような感覚になりました。



…私にとっての初日感想はこんな感じです!
言いたいことがありすぎて…全然書ききれない。無理すぎる。
信康の生き方の美しさとか、江くんと結城秀康のもっていた刀の話とか、明石が何かに感づいてる様子とか、鶴丸は主に何を託されたのか…とか。考えること言いたいことはまだまだ本当にたくさんあるんだけど、なにぶんわたくし刀ミュの三日月宗近強火担なもので…今かけるのはこれが限界ですっ…!
ハァそしてみほとせオタクの皆さんちゃんと葵咲本紀のチケットもってるかな!?って心配になった…これ見られなかったら大後悔してしまうやつ…お願いみんな見て!(念)
そして私のようなつはものオタクに関しては…これは…ねえ…ほんとに…。何が起こるか、わからないのがミュージカル刀剣乱舞、ですね。。


8月はちょこちょこ銀劇に行くので、また何かしら書くかも。
オチもまとまりもない長文にお付き合いくださった方、ありがとうございました!

*1:余談ですが、観劇していてこのタイプの衝撃をくらったのは、別ジャンルのお話で申し訳ないけど、TRUMPシリーズの2作目であるLILIUMを見た2014年以来、でした…単独のセリフひとつが、ここまでの動揺をもたらすことがあるんだという経験…