こたえなんていらないさ

舞台オタクの観劇感想その他もろもろブログです。

体の具合の不調について、安易に「原因」を求めるべきではない理由(刀ミュ・葵咲本紀の公演中止に関連して)

現在公演中の、ミュージカル『刀剣乱舞』葵咲本紀の神戸公演が、9月21日~9月23日の3日間、計5公演にわたり中止となることが、昨日9月21日に発表された。
musical-toukenranbu.jp
この件について、わざわざ書くべきかどうかはわからないけど、どうしても気にかかって無視できないことがあったので書いておく。




◆神戸遠征の予定が、突然無くなった

私が公演中止を知ったのは公式での発表直後。昨日は朝から病院に出かけていて、薬局で調剤を待っているところだった。
「ねえ…」で始まる深刻極まりないトーンのメッセージが友人SちゃんからLINEに入り、なんだ?と思って開くと、そこには予想だにしない衝撃的な発表が待っていた。


私とSちゃんは、お互いを「マブ」と呼び習わす長年の友人である。刀ミュについて同時に足を踏み外して沼落ちした得難い存在で、そんな私たちは二人そろって、9月22日~9月23日の計3公演、神戸に遠征の予定だったのだ。

推しが出演していないゆえに、葵咲本紀には「呼び出されていない」立場のつもりだったわたしは、反対に推しが出ていて通うしか無い立場の彼女をそっと見守り、時に介護するくらいの感覚で作品に向き合うつもりだった。それなのに、東京公演にて鶴丸国永さんに足元をすくわれ、あっという間に「刀ミュ見たいおばけ」に成り果ててしまった。
東京公演期間からすでに刀ミュが見たすぎて苦しんでいた私を見かねて、もともと神戸に遠征予定のあるSちゃんが、たまたま重複していたチケットを譲ってくれることになった。その後、自力で当日引換券を買い足して、二人そろって3公演が見られる運びにまでどうにか整えたのが、約2週間まえの出来事。
ホテルもシングルではなくてツインを取り直し、新幹線は「せーの!」のタイミングで往路復路にEX予約を並び席で入れて、楽しみだねぇ、と二人で毎日言い続けていた。
東京のあと、すでに大阪、神戸を観劇しているSちゃんから、みんな進化してるよ!と聞かされていたから、とにかく期待値が高くてわくわくして、この連休を待っていた。


だから、公演中止には本当にびっくりした。
でも、その中止の理由が、演者さんの急病であると知った瞬間、すうっと体中の血の気が引くような思いになった。
だって、私たちが忘れたはずがない。去年の夏のあの出来事を。
anagmaram.hatenablog.com
関わる全員がどんなに気を配っていても、心を砕いても、どうしようもない事態はいつだって起こりうる。
生身の人間が演じるからこそ受け取れる舞台芸術のキラキラは、ふとした瞬間にあっけなくその場から消え去る。舞台とは本来、それくらいに儚いもの。当たり前に見られると思っていいものではなくって、いろんな努力と奇跡が注意深く積み重ねられた結果、私たち観客はその作品に、客席で出会うことができている。
そのことを、私たちは去年の夏、痛いほどに身を持って体験した。


だから、自分が見れなくなることのショックは驚くほどに湧いてこなかった。仕方ない、とすっぱり割り切る人格が自分の中に一瞬で立ち現れてきて、そこからさくさくと新幹線とホテルのキャンセルをした。

たぶん去年の夏に、あまりにも訓練されすぎたのだとは思う。
本来出会えるはずだった形では、阿津賀志巴里を見ることがついに最後まで叶わなかったあの夏。
でも板の上に集ってくださった全員が、その場には立てないけれど思いを注いでくださった人が、どれほどの覚悟をもって、あの時間を必死に届け続けてくれたか。


あの奇跡を目の当たりにしすぎたから、今回の件に触れても自分自身のことはすぐにどうでもよくなってしまった、というのは、別に一般化されうることじゃなく、あくまでも個人的な事情によるもの。公演中止自体は、仮にチケットを持っている人ならば、残念で諦めきれない気持ちになって当然のことだと思う。
でも今回の件についても、界隈は全般的に、驚くほど冷静だった。やはり阿津賀志巴里のことが念頭にある人が相当に多かったのだろう。その落ち着いた空気に、正直救われたような気持ちになった。


…なんだけど、どうしても、どうしても。私には、気にかかることがひとつだけあって。

◆病気には、明確な「理由」や「原因」があるわけではない

今回の公演中止は、役者の体調事由によるものだ。ソワレを終えたあとの深夜に、緊急手術が要されるような急病である。
公式からの詳しい病名発表はなかったけれど、たまたま、肉親で芸能活動をされている方が(今回のキャストのご兄弟ではなくまた別の方)、お母様から直接聞いた話として病状をツイートされていたから、おおよその状況を知った人も、けっこうな数にのぼったのだと思う。私もTLで偶然目にしてしまった。(その後該当ツイートは、消しておきますねとお断りの上で削除されていた。)

おそらくはその病状から想起されてしまったのだと思うのだけど、ツイッターを見ていると最初は「残念だけど仕方ないし、心配、とにかく良くなってくださいね、代役の方も頑張って」というトーンのつぶやきが大半だったのが、途中から「公演体制に問題があるのではないか」という雰囲気の内容が徐々に増えていく様子が見受けられた。
ごく当たり前の事のように、刀ミュの体制には改善すべき部分がある、これからいい方向に変わっていったらいいよね、みたいな論調が、なぜだかツイッター上にはどんどんと増えていった。


わたしにはこのことが、ものすごく気にかかった。


なんでかというと、人が病気になる原因って、そんなに単純な因果関係が結べるものであるはずがないからだ。
どうして病気になったのか、その理由がどこかに明確に求められると思っている人が、明らかに多すぎないか?というところ、見ていて正直ちょっとくらくらした。


人間の体って、そんなにシンプルにできていない。
寝不足だったら眠くなるし、お腹が空きすぎたら頭痛がしたりする。そういうわかりやすい因果関係がある部分は当然あるけど、「これこれこういう理由で病気になった」って、説明なんてできないケースが、どう考えても大半に決まっている。

あなたは公演ですごく無理をしたから、負担がかかったから、病気になったんですね。かわいそう。
だからそういうことがもう起きないように、公演側の体制を「改善」してもらうべきですよね。

っていう論調が、あまりにも目についた。
「改善」とは何ですか?と思った。何を持って、運営側に「改善すべき点がある」と堂々と言い切れるのか、わたしには全然わからなかった。


ふだんどれほど健康な人だって、それこそ事故にあうように突然、何かの病気を発病することなんていくらでもあるんだよ。
その罹患の理由が仮に明確にわかったとしても、体の事情はそもそも、ものすごくデリケートで、個人的なものでしかない。
それを勝手に理由づけて「公演の環境に問題があったにちがいない」と当たり前のように語るのは、そもそもだけど、体調を崩されたご本人に対して、ものすごく失礼なことだ。
あなたが病気になったのは~だからです、って、詳しい事情をなにも知らない人にいきなり外から決めつけられたい人なんて、いると思う?いるはずがなくないか?


そして、考えてみてほしい。
公演されるはずだった演目が中止にならざるを得ない。自身がその原因となってしまったということだけで、今どれほどの心労がご本人にふりかかっているのか。
舞台界隈で誰もが知る超人気演目に、3連休にまるごとぽっかりと穴が開いてしまったのだ。気にするなという方が無理に決まっているだろう。その心情、私などには到底計り知れない。
それなのに。その上さらに、自分のせいで「この作品の運営体制には問題がある、改善されないといけないものだ」っていう空気が仮に出来上がってしまったとしたら、それがどれだけ負担になりえるか。
すこし考えてみたら、わかるような気がしないだろうか。

◆刀ミュの現場は「改善」されるべきものなのか?

確かに刀ミュの現場は、2.5次元の中でも類を見ないほどにハードだと言われている。
それは出演したキャストが口々に、こんなに大変な現場は他にない、これを経験したらまだまだいけるって気持ちになる、といったようなことを語ってきていることからも、おそらく事実なのだろうと思う。
実際に上演される演目を見ていても、いったいどれだけの稽古を積めば、己に負荷をかければ、これほどの表現ができてしまうのかと恐れおののくようなクオリティの高さだ。
その前提があるから、「役者にとってものすごくハードだった→ストレスがかかった→無理をさせたに違いない→改善すべきだ」っていう論調になっているのだと思うんだけど、そうやって無邪気に”善意”からの発言をふりまく前に、本当に一度、よく考えて立ち止まってみてほしいと思った。


正直なところ、あけすけな物言いをすれば、公演がたとえ中止になっても役者のことを責めない自分は偉い、と無意識に思っている人も多いだろう。
役者に対する罵詈雑言は少なくとも私は観測範囲内では目にしていない。(見ないようにしているというのもあるから、ものすごく狭い範囲だけれど)

でもそうして役者を責めない代わりに、他に原因があるとはなから決めつけて、それを全て公演の体制側にあると結論づけるのはおかしいし、あまりに短絡的な思考だと思う。

体調に関しては、そんなに単純な因果関係を見いだせるものでは本来ないこと、体の具合が悪いという事実はそれだけで、本人にとってものすごくしんどい状況なんだということを、もう少し理解して、慮ってくれる人が増えたらいいなと思った。

大きく体調を崩したことがない人にはピンとこない話かもしれないが、思っている以上に、日々の健康とは脆いものだ。
まさか自分が、と思うような状況は誰にだって起こり得る。

仮に自分が、なにか大きな急病になったそのときに「かわいそうに。仕事がんばりすぎたから、病気になっちゃったんだよ」って、果たしてよく知らない人から、周りから、好き勝手に言われたいだろうか。


私は刀ミュの制作布陣を信頼している。
盲信してると思う人もいるだろうし別にそう思われても構わないんだけど、今の刀ミュが一朝一夕でこの姿にたどり着いたわけじゃないこと、トライアル公演から見ているからどうしたって伝わってきてしまうのだ。事実として。
どんなに困難な状況でも、まずは真っ先に役者を大切に思い、そこからお客さんを満足させるためにどうしたらいいか、それを必死で紡ぎ出そうとしたカンパニーの姿を、去年わたしたちは見せてもらったはずじゃなかったか。
まだ見たことがない人は、興味があったらシブヤノオトの密着ドキュメンタリーを見てほしい。円盤になってるから。
それを見てもなお、役者の体調不良の責任を制作側に求めることができる?体制に問題がある、改善してくださいって、言うことができる?
anagmaram.hatenablog.com


公演中止は、もちろん無いほうが良い。みんなが揃って健康に公演を走り抜けられることが一番に決まっている。
でも、起きてしまったことは変えられない。
ここから、「全体」にとっての最善の手をどう打つか、こちらからは伺いしれないほどに真摯に追求し続けてくれるのが、刀ミュだと私は思っている。



要さんのファンの方、今ものすごく心配だと思います。想像するととてもつらい。推しがいる立場として、心の中で勝手に寄り添います。

二葉要さんの一日も早いご回復と、無理のない復帰、
そして代役の方を迎えてのこれからの葵咲本紀公演の成功を、心から、お祈り申し上げます。


私は、ミュージカル『刀剣乱舞』が好きです。